外務省はよくやっていると思うが、官僚には「自分が背負う荷物は軽いほうがいい」という基本姿勢がある。課題のハードルが低くなればなるほど、乗り越えるのがたやすくなって「ほら、ちゃんと跳べたでしょ」と言えるからだ。

 拉致被害者の全員帰国よりも、日本人妻や遺骨の帰国のほうが北朝鮮が妥協しやすいのは言うまでもない。相手から引き出すカードという点でみると、まったく奇妙なことに、北朝鮮と官僚は思惑が一致してしまうのである。

 一方、マスコミはどうか。彼らはもちろん全員帰国を訴えている。建前はそうだ。その裏側には、絶えず「できれば政府の姿勢を批判したい」という秘めた意図も隠している。だから北朝鮮が強腰に出た結果、政府が苦境に陥れば「何をしているんだ、しっかりしろ」と批判する絶好の機会になるのだ。

 そんなマスコミが官僚を取材して「難しい局面になった」と聞くと、何が起きるか。「ほら、みろ」とばかり「政府は苦しい立場だ」という報道になる。実際、報告先送りが明らかになった後は悲観的トーンの報道が相次いだ。さらに踏み込むと「政府は北朝鮮への対応と戦略を見直すべきだ」という話になる。

 肝心の家族会は政府に対して「焦らないでほしい」と注文した、という。だれよりも帰国を望んでいる家族会が冷静な対応を示しているのだ。ここは政府はもちろんマスコミも冷静な姿勢と分析能力が試される局面である。

(文中敬称略)

文■長谷川幸洋:東京新聞・中日新聞論説副主幹。1953年生まれ。ジョンズ・ホプキンス大学大学院卒。政府の規制改革会議委員。近著に『2020年新聞は生き残れるか』(講談社)。

※週刊ポスト2014年10月10日号

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