陛下の理髪を始めて2年半が経った1943年の年末、父は召集令状を受け取りました。友人に戦死者がいた父が「国のため」と決意し「行って参ります」とご報告すると、陛下はこう優しく仰ったそうです。
「ああそうか。体を大事にして、元気で行っておいで」
このお言葉を胸に父は出征して戦線に果敢に臨み、無事に帰還しました。
激動の時代、陛下の理髪を担ったことは、父にとって生涯の誇りでした。年齢を重ねてからも、「陛下は玉のようなお肌で御髪は硬かった」と懐かしそうに口にしていました。 陛下が危篤になられた時、皇居の方角を向き、毎日のようにお祈りをしていた父の姿が目に焼きついています。
【PROFILE】1951年神奈川県生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。1882年創業の「ヘアドレッシングOHBA」4代目。祖父から3代にわたり天皇陛下・皇太子殿下の御調髪を担当。
※SAPIO2014年11月号