卒業後はアントニオ猪木率いる新日本プロレスに入団。が、初代タイガーマスク佐山聡らに比べて地味とも言われた長州は海外を転戦。ようやく脚光を浴びたのは藤波辰巳とビンタの応酬を繰り広げた1982年の〈噛ませ犬事件〉だった。
「長州さんはマサ斎藤さんと出会って以来、プロレスを仕事としてきちんと定義し、その楽しさに気がついた。さらに、事件の後は一層観客を〈捕まえる〉ことに覚醒していく。実はこの布石を打ったのは猪木さんで、長州さん自身、〈お釈迦様の掌の上から出られない〉と笑ってました」
本書は後半、猪木の副業を巡る不満から大塚直樹営業部長らが画策した1983年のクーデターの舞台裏など、新日への離反と復帰を繰り返した長州のプロレス人生を関係者の証言を元に追う。ジャパンプロレスを興して長州を社長に据えた大塚や、新日に残り、経営を立て直した坂口征二。さらに長州に振り回された谷津嘉章やキラー・カーンなど、彼を必ずしもよく言わない者の証言も載せる点が面白い。
「彼には書きたいように書けと言われていたし、長州力を書くことはプロレスの昭和史を書くことだった。そう確信してからは誰に取材を断られたかも含めてありのままを書き、特にWJ結成から2009年のリキプロ解散に至る経緯は初めて公になった話も多いはずです」
〈プロレス観戦は知的遊戯〉とある。虚実に遊ぶ遊び方を知り、物語性とリアリティを同時に追求するファンは高度な読み手でもある。
「そもそもプロレスファンでもない僕が本書を書いたのは、安田(忠夫)さんの引退興行を仕切ったのがきっかけ。安田さんは賭博好きでどうしようもないダメ人間なんですが、妙に憎めないんですね。
坂口さんや大塚さん以外の大半は金銭感覚が壊れているし、変人も多い(苦笑)。そのぶん魅力的な彼らの言葉を極力再現したかったし、長州さんがなぜ〈最強〉を謳うUWFを徹底的に潰したかも、わかる人にはわかる形で書いたつもりです」