何故イケイケな印象の“赤”なのか? 結局その父の心情はわからず…そんな父の意に思いきり反して、15才になった私は親元を離れ、赤いハイヒールとは真逆の、黒の低い革靴を履き、太いもみあげを描き、7cmほどそびえ立つリーゼントで髪を決め、男役として舞台に立っていた。この時の父の心境は、さぞかし複雑なものであったと今思う。

 そんな息子化した娘を見て、母だけは「お父さんの若い頃みたい…」と目を輝かせていた。それはそれで私も複雑だった。ある年のお正月、父がうっかり失言した。

「何はともあれ二人とも、いい男に育った」

 間違えたのか、諦めたのか、認めたのか定かではないが、いつからか父の中で、私の足に履かせたはずの赤いハイヒールが、何処かで脱げて紛失した事は確かだった。そんなこんなで男役をやり終えた頃だ。

「2001年千鳥ヶ淵」。父と一緒に撮った写真にはそう記されている。

 満開の桜の季節、父が大好きだったフェアモントホテルに泊まった時は、癌は3度の転移を経て病状は思わしくなかった。でも、時に病気は、普通なら二人では過ごさなかったであろうクリスマスや誕生日など、一緒に過ごす時間を病室でくれた。

 2003年12月25日。私は父と共に過ごした。母と結婚する前のフランス人女性との恋、仕事の大事な契約のプレッシャーで、会食中、ナイフとフォークを持つ手が緊張して全く動かなくなった話、母の意外な可愛らしい話…。父と過ごす一日一日が、かけがえのない日々になっていった。

 そして2004年1月31日。父72才。私の誕生日に他界した。先日88才になられた知り合いの素敵な紳士からプレゼントされた言葉がある。

「禍福はあざなえる縄のごとし。これが私が88年生きてきて思う事です」と紳士。

 より合わせた縄のように、人生には幸と不幸が常にあり、交互にやってくるものだと。両面あると思えば、苦しい今も乗り越えられる。両面を意識すれば、調子にも乗り過ぎない。ありがたいお言葉だ。

 本当に色々な思いがあった父との40年。父の活躍、定年、マイホーム建設、5年の闘病生活、かけがえのない家族との時間、看取り…。まさに縄のごとく、哀しみと喜び、その両面を味わったのだった。

 父の生前、二時間かけて車を走らせ病室の父に会いに行くと、五分もしないうちに、「暗くなる前に早く帰りなさい」とよく言われ、走らせた距離からも考えられない意見だったが、苦しい姿を見せるわけにはいかない“父として”の気持ちを私はあの頃察していなかった。父は最後まで父だった。親と言うもの、旅立つと言うことはこういう事だと最期まで教えてくれていた気がした。

 高い秋空を見上げ飛行機を見つける度に私は思う。やっぱり父に会いたい。

■撮影/渡辺達生

※女性セブン2017年10月26日号

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