◆アンジーが投じた一石

 近年、病気と遺伝の関係で大きな議論を呼んだのが、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリー(42)の決断だ。2013年に母親を乳がんで亡くした後に遺伝子検査を受診すると、「BRCA1」という遺伝子に特殊な変異が見つかり、「将来乳がんになる確率は87%」と診断された彼女は、両乳房を全摘出する手術を受けた。つまり、“遺伝性のがんを予防する”ために手術を受けたのだ。彼女の手術は「治療は病気になってからするもの」という医療の根幹を揺るがしたため、賛否両論を巻き起こした。

 さらにこうした医学の発展は、別の次元の問題を生み出している。慶応義塾大学病院・腫瘍センター客員教授の西原広史氏は言う。

「遺伝情報を医療の分野で活用することは極めて難しい倫理問題を孕んでいる。病気になる可能性を示す変異遺伝子の存在が明らかになると、就職や結婚、出産などの際に差別を受ける危険性があるためです。アメリカではすでに遺伝子の分析結果に基づく差別を禁止する法案が成立している。さらに、技術的には近い将来、“ゲノムライフログ”といって生まれる前に将来どんな病気を発症しやすいかが把握できるようになってしまう。

 これは、優生思想につながりかねない危険な要素を孕んだ技術です。もっとも日本ではまだ、こうした“遺伝のタブー”に関する議論が進んでいないのが現状です」

 しかし、病気と遺伝の関係をいつまでもタブーにしていては、知っていれば取れるはずの対策や治療法を逃すことになる。

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