同じように、スイスで安楽死を検討している20代後半女性の家族にも会った。女性は、統合失調症を患い、早い段階で世を去りたいと考えているようだった。家族は「死なせてあげることが本人にとって幸せなのかもしれない」と話していた。

 この考え方が必ずしも無責任とはいえないことを、私はベルギーの安楽死を取材して理解している。精神疾患者にとって、安楽死の存在は「自殺の抑止力」とも言えるからだ。1年前から安楽死が許可されている同国の女性は、私に「まだ生きてもいい」と言い、現にまだ生きている。彼女は重度の鬱病患者だった。

 しかし、私に連絡を取る日本人にとって、スイスで安楽死を実現するハードルは高い。まずスイスで条件となっている「死期が迫っている」わけでも、「回復の見込みがない」わけでもないので、安楽死が認められる可能性は低い。

 日本で安楽死を望む人の多くは軽度の鬱病だが、スイスでは精神疾患者を安楽死させることが倫理上、難しいのだ。さらに、現実として、外国語の問題もある。診断書の翻訳は何とかなるだろうが、患者が医師と会話のやり取りができない限り、「本人の意思」を正確に把握してもらえないため、安楽死が認められるまでのハードルはますます高い。

 そもそも欧米が、「個人」の主張を最大限に尊重し、死を受け入れるのに対し、日本人においては、冒頭の著名人のように「他人に迷惑をかけたくない」という独特の価値観から、安楽死を望む傾向がある。高齢者や難病患者が末期状態でなくても、家族の看病などの負担を配慮し、死期を早めようとすることがある。欧米とは安楽死に対する姿勢がそもそも異なる。

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