グラウンドにおいて王さんの偉大なところは、こんな8つも下の若造と勝負するときでも目をくりくり光らせて真剣になって向かってくる。本来なら“こんな若造くらい”って感じで気持ち的に余裕を持って対峙していてもおかしくないのに決してそうじゃない。来た球を必ずライトスタンドに持っていってやるという気迫をメラメラと見せてくる。
昭和43年9月17日、甲子園の奪三振記録の場面なんて、約5万人のスタンドのファン、巨人ベンチ、阪神ベンチ、みんなわかってる。”江夏は王から三振を取りにいってる”と、見え見えの三振狙いをみんなが興味を持って見守ってくれていた。
王さんにしたら、最高にプレッシャーだったと思うよ。いいバッターになればなるほど、不名誉な記録を残したくない。バットを短く持って当てに来てもいいのに、王さんは1回もしなかった。すべてフルスイング。あらためて王さんの偉大さを心に刻印され、この人と勝負ができる喜びに浸り、おれにとって最高のライバルやと実感した。
プライベートでほとんど絡んだことがないけれど、一度王さんに頼み事があって連絡したことがあった。かつて王さんが使っていた、バット職人の石井順一さん製造の圧縮バットをもらいたくて午前中に電話したら「わかった」って言ってくれて、昼過ぎにわざわざ家の前まで持ってきてくれた。本当に誠実な人だよ。
(後編につづく)
聞き手・構成/松永多佳倫(まつなが・たかりん)/ノンフィクションライター。1968年、岐阜県生まれ。琉球大学卒業後、出版社勤務を経て執筆活動開始。著書に『善と悪 江夏豊ラストメッセージ』(KADOKAWA刊)など。
※週刊ポスト2021年12月3日号