ビジネス

【大ヒット小説シリーズ最新作】『トヨトミの暗雲』第1回「内部告発」

イラスト/大野博美

イラスト/大野博美

  覆面作家・梶山三郎氏のベストセラー小説『トヨトミの野望』『トヨトミの逆襲』は、「小説ではなくノンフィクションなのではないか」と大きな話題になり、経済界を震撼させた。その続編となる第三弾『トヨトミの暗雲』をNEWSポストセブン上で特別公開。今作では巨大自動車メーカー「トヨトミ自動車」の周辺で不正な企みが進んでいるようで……。

 * * *

突然の訪問者

【二〇二一年八月愛知県名古屋市郊外】

 朝一番から言い合いになり、「うるせえ、クソ親父」と玄関のドアを乱暴に閉めて高校に出かけていった息子の隼人が、一分も経たないうちにまたドアを開けて戻ってきた。

 週明けの朝にその週の昼食代を渡すことになっているのだが、前の週末にコンビニのATMに行ったところ、どういうわけか預金を引き出すことができず、小遣いを渡すことができなかったのが口論の発端だった。反抗期真っ盛りの高校生と父親の男所帯のせいか、最近はちょっとしたことで怒鳴り合いになってしまう。

 昨晩から降りはじめた雨は明け方から小降りになっていた。仕事着のツナギに着替えて読みかけの新聞に視線を落としていた塚原保は、おおかた傘でも忘れたのだろうと放っておいたが、隼人がダイニングの入り口から顔を出したため、そちらに目をやった。

「おい、外で変な奴らがうろうろしてるぞ」

 変な奴らってお客さんじゃないのか、とたずねると「知らねえよ、自分で聞けよ」と、隼人はぶっきらぼうに言い、学生服の肩をいからせてまた出て行った。おおかたクルマの修理か車検の相談だろう。まだ営業時間前だが、個人経営の「塚原カーサービス」はそんなことも言っていられない。塚原は新聞を折りたたんで立ち上がると、息子が玄関を出た先の鉄の外階段をかんかんと駆け下りる不機嫌な音が聞こえた。駆け下りた先の一階が整備工場になっている。

 玄関を出てみると、隼人の言ったとおりダークスーツ姿の男が二人、傘もささずに立っていた。彼らは店の前の幹線道路に沿った歩道から、中古車の展示スペースに並んでいるトヨトミ自動車のセダン「フローラ」の中を覗きこんでいた。

 こちらに気づいた二人と目が合ったとき、おや、とひっかかるものがあった。こういう仕事をしていると、若い頃のヤンキー気分が抜けないガラの悪い客には慣れっこになる。フローラを覗きこんでいる二人は、一見どこかの勤め人のようだが、ヤンキー上がりの輩の横柄な態度とはまた違う、冷たい威圧感を放っていた。

 警戒心を悟られないように顔を伏せながら階段を小走りに降りると、二人もこちらに近づいてきた。雨を避けて整備工場の中に自転車を停めていた隼人が出て行くのと入れ替わるように、敷地内に入ってくる。いらっしゃいませと声をかけると、二人は顔を見合わせる。

「塚原保さんでまちがいないですか?」と二人のうち小柄な方がたずねてきた。細かな雨粒に顔をしかめているせいで、切れ長の瞳から放たれる視線が余計に鋭く感じられた。ええ、そうですが、と答える前に、もう一人の長身の方が懐から何かを取り出す。

「愛知県警のものです。少しよろしいでしょうか」

 塚原カーサービスは、特定の自動車メーカーと販売の独占契約を結んでいない「業販店」である。中古車を売買しつつ、各メーカーの軽自動車などの新車も扱っている。もともと整備工場だったから、車検や修理もやっている。だから日々、車種もメーカーもさまざまなクルマに触れることになる。

 うちで扱ったクルマが何か犯罪に使われたか、あるいは犯罪に巻き込まれたのだろう。面倒な一日になりそうだと心を曇らせつつ「私に何か?」とたずねた。二人が塚原を見下すような薄笑いを浮かべたのはほぼ同時だった。

「塚原さんね。あなたダメだよ、ヤクザにクルマ売っちゃ。暴力団排除条例、知ってるでしょ?」と小柄の刑事。

「ヤ、ヤクザ? 暴力団?」

関連キーワード

関連記事

トピックス

ポジティブキャラだが涙もろい一面も
【独立から4年】手越祐也が語る涙の理由「一度離れた人も絶対にわかってくれる」「芸能界を変えていくことはずっと抱いてきた目標です」
女性セブン
『君の名は。』のプロデューサーだった伊藤耕一郎被告(SNSより)
《20人以上の少女が被害》不同意性交容疑の『君の名は。』プロデューサーが繰り返した買春の卑劣手口 「タワマン&スポーツカー」のド派手ライフ
NEWSポストセブン
河村勇輝(共同通信)と中森美琴(自身のInstagram)
《フリフリピンクコーデで観戦》バスケ・河村勇輝の「アイドル彼女」に迫る“海外生活”Xデー
NEWSポストセブン
木本慎之介
【全文公開】西城秀樹さんの長男・木本慎之介、歌手デビューへの決意 サッカー選手の夢を諦めて音楽の道へ「パパの歌い方をめちゃくちゃ研究しています」
女性セブン
大谷のサプライズに驚く少年(ドジャース公式Xより)
《元同僚の賭博疑惑も影響なし?》大谷翔平、真美子夫人との“始球式秘話”で好感度爆上がり “夫婦共演”待望論高まる
NEWSポストセブン
いまや若手実力派女優の筆頭格といえる杉咲花(時事通信フォト)
《大好評ドラマ》『アンメット』杉咲花を歌で支える女性アーティストたち 木村カエラらのCMはドラマと“最高のコラボ”
NEWSポストセブン
綾瀬はるかが結婚に言及
綾瀬はるか 名著『愛するということ』を読み直し、「結婚って何なんでしょうね…」と呟く 思わぬ言葉に周囲ざわつく
女性セブン
中村佳敬容疑者が寵愛していた元社員の秋元宙美(左)、佐武敬子(中央)。同じく社員の鍵井チエ(右)
100億円集金の裏で超エリート保険マンを「神」と崇めた女性幹部2人は「タワマンあてがわれた愛人」警視庁が無登録営業で逮捕 有名企業会長も落ちた「胸を露出し体をすり寄せ……」“夜の営業”手法
NEWSポストセブン
食品偽装が告発された周富輝氏
『料理の鉄人』で名を馳せた中華料理店で10年以上にわたる食品偽装が発覚「蟹の玉子」には鶏卵を使い「うづらの挽肉」は豚肉を代用……元従業員が告発した調理場の実態
NEWSポストセブン
17歳差婚を発表した高橋(左、共同通信)と飯豊(右、本人instagramより)
《17歳差婚の決め手》高橋一生「浪費癖ある母親」「複雑な家庭環境」乗り越え惹かれた飯豊まりえの「自分軸の生き方」
NEWSポストセブン
昨年9月にはマスクを外した素顔を公開
【恩讐を越えて…】KEIKO、裏切りを重ねた元夫・小室哲哉にラジオで突然の“ラブコール” globe再始動に膨らむ期待
女性セブン
やりたいことが見つかると周りがみえなくなるほど熱中するが熱しやすく冷めやすいことも明かした河合優実
大ブレイクの河合優実、ドラマ『RoOT/ルート』主演で感じる役柄との共通点「やりたいことが見つかると周りが見えなくほどのめり込む」
NEWSポストセブン