「聞く力」だけじゃダメ
手嶋:中国とロシアが連携に動くなか、北方領土というトゲを抜く政治決断をすれば中ロに楔を打ちこむことができます。果たして岸田総理にそんな度胸があるでしょうか。
佐藤:安倍さんはロシアを好きだと思えないけど、地球儀を見て中国を睨んだ時に、四島一括返還ではなく二島返還+αでやるしかないと動き、プーチンはそういうところを買っていた。ただ、岸田さんに対してはクエスチョンマークでしょうね。
谷口:強力な相手との交際に重要なのは、選挙に何度も勝つことです。そのうち相手方も“当面こいつと付き合うんだな”と思うようになる。今、ロシアとの関係なんて動きません。モスクワは、夏の参院選の結果を待っているでしょうし。
手嶋:大きな戦略眼を備えた外交のリーダーの出現に期待したいですね。
谷口:ええ。これまで日本の政治家は、「アメリカがああしたら、日本はどうしよう」と、いつもそんな発想でした。私は“仮定法受身形”と呼んでいます。安倍さんはそれと違って、初めて「アメリカが」ではなく、日本がどうするか、したいかを追求した。これを継承してほしいと強く願いますが、自動的に引き継がれるとは思えません。
手嶋:悲観的にならざるを得ませんね。日本のリーダーがそこまで鍛えられているとは思えない。
谷口:“聞く力”一辺倒ですと、外交の場では「お前は主張がないのか」ということになりかねない。
佐藤:中国やロシア、北朝鮮に対して、「ご意見を拝聴します」だけでは外交はできませんからね。
谷口:岸田さんは、外相経験が長いです。でも総理として日々最終決断を迫られるのは別次元の重圧でしょう。菅義偉前総理のように毎日安倍さんと会ってすべての判断を共有した人が、いざ総理になると「こんなに大変だったとは……」と。そのくらい違うんでしょう。
佐藤:あと、率直に言うと岸田さんや菅さんのスピーチはつまらない。でも、安倍さんの外交スピーチは面白い。虚心坦懐に安倍さんと話し、分身としてスピーチを作っていた谷口さんがいたからですよ。
谷口:発信主体としての強い意欲を安倍さんが持っていたからこそ、です。
手嶋:私は、本当の聞く力は“雑談力”だと思います。安倍さんはトランプの懐に飛び込み、雑談力で真意を探りあてた。岸田さんにそうしたことができるでしょうか。
谷口:参院選に勝って政治的筋力をつけ、当面続くぞ、と内外に思わせないと。霞が関の官僚たちも、政権を毎日値踏みしています。
(第1回、第2回はこちら)
【プロフィール】
手嶋龍一(てしま・りゅういち)/1949年生まれ、北海道出身。慶應義塾大学経済学部卒。NHKワシントン支局長などを歴任。『ウルトラ・ダラー』など著書多数。
谷口智彦(たにぐち・ともひこ)/1957年生まれ、香川県出身。東京大学法学部卒。日経BP社などを経て、安倍政権の官邸での内閣官房参与などを歴任。
佐藤優(さとう・まさる)/1960年生まれ、東京都出身。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。主な著書に『自壊する帝国』など。
※週刊ポスト2022年1月14・21日号