最後は失禁する
膀胱直腸障害は悪化すると、さらなる危機に見舞われる。佐々木氏が語る。
「排尿障害が進行すると、神経の損傷によって尿意が薄れるだけでなく、最終的に尿意そのものがまったく伝わらなくなり、失禁に至ります。同様に排便障害が悪化すると腸内に便が溜まっても便意が感じられず、無意識のうちに便が漏れ出すことがある。ここまで来ると神経への多大なダメージが想定されるので、早急な手術が必要になります」
日本大学医学部の大島正史教授らによる論文『腰部脊柱管狭窄症の診断と治療』では、医師向けにこう注意を促している。
〈通常は高度の脊柱管狭窄で出現し、外科的治療の適応となるため、会陰部(注・肛門と外陰部、およびその周辺)の感覚障害、頻尿、残尿感、尿閉、尿失禁等の有無を聴取することが重要である〉
また脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアではないのに、腰の痛みに加え排尿障害がある場合は、別の病気を抱えている可能性があることも注意しておきたい。重原氏が語る。
「前立腺がんでも尿の出が悪い、トイレが近いといった症状が起きます。特に男性の場合、腰の痛みや排尿障害の陰に前立腺がんが隠れているケースがあり、私が診察している病院でもそうした患者さんが毎年いらっしゃいます」
脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアは年齢を重ねると避けられない病気でもある。診断された場合は、まず保存的治療を行なうことが一般的だ。佐々木氏が解説する。
「直ちに手術が必要な場合を除き、コルセットで腰を支えたり、消炎鎮痛剤や血流改善薬、ビタミン剤などの内服薬の処方、局所麻酔やステロイドを注射するといった治療をします。これで改善する人もいますが、根本的な治癒をするものではないため、保存的治療を施しても症状が進行する場合があります。
膀胱直腸障害が起きている場合は、神経が深く傷ついていることがあります。神経は一度損傷すると元通り回復しないので、兆候を見逃さないことが大事です」
膀胱直腸障害は、足腰の痛みやしびれといった前兆があることが多い。中でも注意したいのが、「間欠性跛行」である。
「じっとしていれば何ともないのに、一定時間立ったり歩いたりすると、足に痛みなどの症状が出ることを言います。休憩すると元気になって歩けますが、しばらくするとまた歩けなくなるのが特徴です。この間欠性跛行は、膀胱直腸障害の前段階の症状と言える。該当する人はすぐに診察を受けるようにしましょう」(佐々木氏)
先のAさんも歩行困難からやがて排尿障害が現われていた。