私はこうした言論人と折り合いが悪く取材からは外れたが、古巣のヤクザ専門誌『実話時代』は完全に工藤會の広報誌と化していた。一線を越えた無差別テロを見ぬ振りでやり過ごした私の罪は未来永劫消えない。田中容疑者も私が把握しているだけで、これまで3度『実話時代』に登場している。そのうち1誌は大東氏の殺害後で、タイトルは「カタギへの絶望」である。殺害は社会への復讐だったのか。
二代目工藤連合草野一家の溝下秀男総長は、1999年、組織名を三代目工藤會に変え、1年後には跡目を譲って総裁となり四代目工藤會が誕生した。跡目を継承した野村会長はナンバー2に腹心の田上理事長を指名した。2011年には田上五代目体制に変わったとはいえ、野村総裁が鎌倉幕府でいう北条義時なのは不変だ。
2008年、溝下総裁が病死すると溝下派の粛清が始まった。田中容疑者の親分である石田正雄組長は、当時、組織の実質的なナンバー4で、溝下総裁の実子分として溝下姓を使っていた。野村体制になってからは旧姓に戻している。
王将と工藤會の繋がりは、この石田組長がキーマンとみられる。現在、婚姻関係が維持されているか不明だが、石田組長の姐さんは、部落解放同盟の幹部でもあった九州で有名な某政治家の実姉だという。とはいえ、石田組長とは完全に距離を置いていたらしい。
2016年、王将の第三者委員会は、実に260億円もの使途不明金がA氏なる人物に流れたと結論付けた。このA氏は、元部落解放同盟中央執行委員長だった上杉佐一郎氏の異母弟・上杉昌也氏を指す。2016年、上杉氏は週刊新潮の取材に応じ、全面否認した。
田中容疑者の逮捕直後、マスコミは再び上杉氏の居場所を探し、証言を取るために駆けずり回った。直後、上杉氏が任意の取り調べに応じていたと判明した。11月2日にはNHKの取材に応え、再び疑惑を全面否認している。
逮捕後、警察は記者クラブメディアに関連先を家宅捜索したと告げ、具体的な場所は明言しなかった。王将の関連先をガサ入れしたと分かったのは数日後だ。犯罪や取り調べに慣れた暴力団なら、どれだけ厳しい取り調べにも黙秘ができるだろう。だがカタギは弱い。警察の切り札は王将内部にあるのかもしれない。
(了。前編から読む)
【プロフィール】
鈴木智彦(すずき・ともひこ)/1966年、北海道生まれ。フリーライター。日本大学芸術学部写真学科除籍。ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めた後、フリーに。主な著書に『サカナとヤクザ』『ヤクザときどきピアノ』など
※週刊ポスト2022年11月18・25日号