現場に到着した元刑事は、警察OBにこう言われた。「何があっても、絶対に手を出さないように。煽られても、決して怒鳴らないように」。玄関の戸の前に立ち、ベルを鳴らす。インターホンから低い男の声が聞こえた。児相だと告げると、「またか」とだけ言ってとインターホンがプツリと切れた。玄関に人の気配がして、ドアが開いた瞬間、元刑事はその意味を理解した。突然、怒号が響いたのだ。「てめぇらこのヤロー、何様のつもりだ。人様の家のことに口出すんじゃねぇ」。
目の前に立っていたのは、チンピラ風の若い男。玄関の隙間から若い母親の姿が見えたが、子供の姿は見えなかった。児相の職員が穏やかな声で「お子さんのことでお話を伺いに来たのですが」と言うや否や、男は「どこのどいつがチクったのか知らねぇが、うちの子に問題はねぇ。帰れ」。職員も「少しでいいので、お子さんに会わせてもらえませんか。玄関まで連れてきてもらえれば」と食い下がるが、男は「いい加減にしねぇと、てめぇらぶっ殺すぞ!」。バタンとドアが閉められた、かと思ったが、そこに警察OBの靴が挟まっていた。
「何があっても、怒鳴らないようにと言われていたので、言葉を呑み込みました。注意されていなければ、売り言葉に買い言葉で、まくしたてていたでしょうね。暴力団相手ではなめられないよう、それが基本みたいなところがあり、言葉使いは乱暴ですから。児相の職員が言うには、ドアを開けた瞬間、胸倉を掴まれたり、水をかけられたケースもあるそうです。相手が暴力団なら公務執行妨害で即逮捕ですがね」(元刑事)
子供に会うことが一番の目的であるため、親からそうした対応をされても粘り強く対処する必要があるという。
「追いかけないでください」
こんなこともあったという。地方から親に虐待されたと家出してきた少年の一時保護が終わり、自宅へ帰すことになった。児相の職員と共に少年を自宅まで送る予定だったが、自宅のある最寄り駅で降り、改札を出た途端、少年が突然、逃げ出したのだ。追いかけようとする元刑事を職員が「追いかけないでください」と止めたというのだ。「逃げる者は追うのが刑事の習性。逃げられれば、追って捕まえるのが当然だと思っていたが、それが違った」(元刑事)。
止められた理由は「追いかけられれば、少年は慌てて逃げる。慌てればどこへ向くかわからない。道路に飛び出るかもしれない。それで事故を起こしてはいけないので、下手に追うことはしない」と職員に説明されたという元刑事。「ではあの少年はどうなるんですか」と職員に聞くと、「無事でいてくれと願うしかない」という返事が返ってきたという。その後、逃げた周辺で警察官が少年を発見したというが、そのまま自宅に帰ったのかどうかはわからない。
警察庁生活安全局では、児相に警察OB等の配置協力を取り組み、児相を設置している全国72の自治体の約6割が、児相に現職の警察官を配置していると2020年7月27日付けの産経新聞が報じている。
全国で虐待事件は後を絶たない。元刑事は迅速かつ的確に判断し対応できるよう、日々、青少年保護や虐待事案について学んでいる。