ライフ

石牟礼道子氏と渡辺京二氏 傘寿迎えた2人の作家の共助関係

渡辺京二氏と石牟礼道子氏

『黒船前夜』で大佛次郎賞を受賞した作家・渡辺京二氏と、名著『苦海浄土』作者である石牟礼道子氏。1960年代、編集者(渡辺氏)と作家(石牟礼氏)として始まった2人の交流は、ともに80歳を超えた今も続いている。両氏の「老々共助」の関係を、作家・高山文彦氏が綴った。

 * * *
 石牟礼道子さんの住居兼仕事部屋は、熊本市内の病院の建物の四階にある。入院中ではない。奇特な医師が石牟礼さんのために部屋を提供している。

 私は昨年から渡辺京二さんを同市内のお宅に訪ねはじめ、渡辺さんにつれられてここに通うようになった。渡辺さんは昨年一二月、ロシア、アイヌ、日本の遭遇史を描いた『黒船前夜』で大佛次郎賞を受賞した。八〇歳。押しも押されもせぬ現役作家である。知らないという人はあの名著の呼び声高い『逝きし世の面影』の作者といえばおわかりになるだろう。

 石牟礼さんのやはり名著『苦海浄土』はこの一月、河出書房新社から世界文学全集の一巻として出版された。日本人作家の作品はこの一作きり。編者池澤夏樹氏の慧眼の賜物である。なにしろこれで『苦海浄土』三部作を一冊にまとまったかたちで読めるようになった。持ち運びできる。

 石牟礼さんは八三歳。パーキンソン病を患う。週に三交代で介護ヘルパーの方々のお世話になっている。

 海から生え出た樹木と、星のかたちをつくり浜辺に憩う巻き貝たち、そして千尋の谷に落ちていくとき自分の足首のあたりから抜け出、谷の上へ舞いあがり森の樹木にとまったいっぴきの蝶がおりなす「元素世界」の満ち足りた光景について石牟礼さんは語る。

「蝶がじっとしていると、そこに巻き貝たちがのぼってくるんです。海から風が吹いてきて、森の梢を揺らす。そうするとですね、葉っぱたちがひらひら、ひらひらして、音楽を奏ではじめる。すばらしい心地よい音楽。それは原初の音楽なんですね。私は二カ月間ずっと、その音楽を聴いておりました」

 これは昨年、玄関のドアのところで倒れて足を折り入院していたときのことらしい。

 背後の仕切りの向こうから、まな板をたたく包丁の音が聞こえる。次いでなにかを揚げる油の軽やかなひびき。キッチンペーパーに揚げたものを箸でつまんで乗せている。

 ひととおり料理を終えた渡辺さんが私たちのテーブルにあらわれて、しばらく会話に耳を傾けていたが、「僕にはこういう話はさっぱりわからん。あなたにまかせる」と言って、玄関側にあるソファーに移り、たばこに火をつける。

「一日七本と決めたんだけどねえ」

 もう石牟礼さんに料理をつくりはじめて一〇年以上がたつのではないだろうか。いまでも毎日午後の遅い時間に訪れ、郵便物を点検し、締め切り原稿のチェックをし、必要なときは手紙の代筆をし、料理をつくる。

「この人は味にうるさいんですよ。気にいらないものがあると、箸でつまんで皿の片隅にどけるんだ。水俣の新鮮でおいしいものを食べて育ったからでしょうね。僕なんて出されたものはなんでもがつがつ食べるんですがね」

 石牟礼さんの唇が三日月のかたちにひろがり、クククといういたずらっぽいソプラノの声。童女の笑顔である。

関連キーワード

関連記事

トピックス

無名の新人候補ながら、東京選挙区で当選を果たしたさや氏(写真撮影:小川裕夫)
参政党、躍進の原動力は「日本人ファースト」だけじゃなかった 都知事選の石丸旋風と”無名”から当選果たしたさや氏の共通点
NEWSポストセブン
2人は互いの楽曲や演技に刺激をもらっている
羽生結弦、Mrs. GREEN APPLE大森元貴との深い共鳴 絶対王者に刺さった“孤独に寄り添う歌詞” 互いに楽曲や演技で刺激を受け合う関係に
女性セブン
「情報商材ビジネス」のNGフレーズとは…(elutas/イメージマート)
《「歌舞伎町弁護士」は“訴えれば勝てる可能性が高い”と思った》 「情報商材ビジネス」のNGフレーズは「絶対成功する」「3日で誰でもできる」
NEWSポストセブン
セ界を独走する藤川阪神だが…
《セの貯金は独占状態》藤川阪神「セ独走」でも“日本一”はまだ楽観できない 江本孟紀氏、藤田平氏、広澤克実氏の大物OBが指摘する不安要素
週刊ポスト
入団テストを経て巨人と支配下選手契約を結んだ乙坂智
元DeNA・乙坂智“マルチお持ち帰り”報道から4年…巨人入りまでの厳しい“武者修行”、「収入は命に直結する」と目の前の1試合を命がけで戦ったベネズエラ時代
週刊ポスト
組織改革を進める六代目山口組で最高幹部が急逝した(司忍組長。時事通信フォト)
【六代目山口組最高幹部が急逝】司忍組長がサングラスを外し厳しい表情で…暴排条例下で開かれた「厳戒態勢葬儀の全容」
NEWSポストセブン
炊き出しボランティアのほとんどは、真面目な運営なのだが……(写真提供/イメージマート)
「昔はやんちゃだった」グループによる炊き出しボランティアに紛れ込む”不届きな輩たち” 一部で強引な資金調達を行う者や貧困ビジネスに誘うリクルーターも
NEWSポストセブン
ゆっくりとベビーカーを押す小室さん(2025年5月)
小室眞子さん“暴露や私生活の切り売りをビジネスにしない”質素な生活に米メディアが注目 親の威光に頼らず自分の道を進む姿が称賛される
女性セブン
手を繋いでレッドカーペットを歩いた大谷と真美子さん(時事通信)
《「ダサい」と言われた過去も》大谷翔平がレッドカーペットでイジられた“ファッションセンスの向上”「真美子さんが君をアップグレードしてくれたんだね」
NEWSポストセブン
パリの歴史ある森で衝撃的な光景に遭遇した__
《パリ「ブローニュの森」の非合法売買春の実態》「この森には危険がたくさんある」南米出身のエレナ(仮名)が明かす安すぎる値段「オーラルは20ユーロ(約3400円)」
NEWSポストセブン
韓国・李在明大統領の黒い交際疑惑(時事通信フォト)
「市長の執務室で机に土足の足を乗せてふんぞり返る男性と…」韓国・李在明大統領“マフィアと交際”疑惑のツーショットが拡散 蜜月を示す複数の情報も
週刊ポスト
中核派の“ジャンヌ・ダルク”とも言われるニノミヤさん(仮称)の壮絶な半生を取材した
高校時代にレイプ被害で自主退学に追い込まれ…過去の交際男性から「顔は好きじゃない」中核派“謎の美女”が明かす人生の転換点
NEWSポストセブン