ライフ

仙台女子アナ日記【5】被害大の沿岸部に女子アナ派遣せぬ理由

早坂牧子アナ

早坂牧子(はやさか・まきこ)さんは、1981年東京生まれ。2005年、仙台放送にアナウンサーとして入社。スポーツ、情報番組で活躍する。3月11日、仙台で東日本大震災に直面した彼女は、どのように仕事し、何を悩み、そして考えたのか。以下は、早坂さんによる、全7編のリポートである。(早坂さんは2011年4月、同社を退職、フリーアナウンサーとして再出発した)

* * *
取材を進めていく中で、私にはどうしても会いたい人がいました。沿岸部の女川町にある「女川第一保育園」の所長(園長)先生です。年配の先生なのですが、以前取材で訪れたときにはとても親切にしていただき、温かいお人柄に惹かれていました。

しかし社内の取材規定で、いちばん被害が大きい沿岸部に女性アナウンサーは派遣されていなかった。とてもまともな精神状態でいられないほど被害が大きいこと、おトイレの問題があることが理由です。

そこで私はつかの間に開いた休みを利用して、会社に内緒で友人と2人で車をチャーターして半日かけて女川町と南三陸町に行くことにしました。そこで撮影した写真はどれも休みなどプライベートな時間を利用して自分で撮ったものです。

女川第一保育園は地図で見ると海岸近くに建っていてとても心配していたのですが、行ってみると高台の上にあり、施設も所長先生もみんな無事でホッとしました。女川町は揺れてから津波が押し寄せるまで30分の間があったそうです。

地震発生時はちょうど「お昼寝の時間」で、寝ていた園児たちを起こして園庭に誘導していたとき、ひとりの先生がふと海岸をのぞいて異様な光景を目撃したそうです。遙か向こうの海が、引き波で見たこともない高さまで盛り上がっていくのが見えたのです。「これは危ない」。機転を利かせてさらに高台に園児たちを連れて行ったのが良かった。

「良かったですねえ」

私が所長先生の説明に相づちを打つと、先生の顔がとたんに苦しそうにゆがみました。
「それが……揺れてから津波がくるまでの間に、3人のお母さんが心配だからと子どもを迎えに来て高台の下にある自宅に連れて帰っちゃったのよ……どの人ともまだ連絡が取れないから、もしかしたら……あのとき、私が無理にでも引き留めればこんなこにとならなかったのに……」

それを聞くとなんにも言えなくなってしまって、ただ先生と抱き合って泣くしかありませんでした。そのころ保育園は避難所になっていて、先生たちの中にも家が流されて無い方たちも多かったのですが、みなさん炊き出しなど他の被災者の方の支援活動をされていました。

「なにかしていないと涙しか出てこないから」

先生のひとりがぽつりと漏らしたそのひと言を今でも覚えています。

南三陸町はまさに瓦礫の山でした。テレビ局の人間がいうのもなんですが、テレビでみた映像を遙かに越えていて、見渡す限り360度、本当に瓦礫の山なんです。本当にここは街だったんだろうか。何度もロケで来たことがあったのに……鳥肌がたって収まらない。

安直ですが、言葉を失うとしか言えない。いつものリポートなら、目に映る光景の中からなにかの「とっかかり」のようなものを見つけて映像に言葉を載せていくんですが、その「とっかかり」がない。もしかしたらその瓦礫の下にまだ住民が埋まっているかもしれないと思うと、よけいに……。

聞こえてくるのは捜索活動をしていた自衛隊員の声と、瓦礫の山を撤去する作業の音だけ。ただ臭いはする。腐臭のような潮の香りです。本来なら海岸近くでしかしないものが、内陸に3キロ4キロ入った地点なのに漂っているのです。それはまるで凶悪な海の爪痕のような臭いでした。

のちに桜の花が満開になったニュースを見ていて先輩アナウンサーが「人を癒すのも、人を壊すのも自然なんだよなあ」とつぶやいたとき、私の脳裏によみがえったのはあの禍々しい潮の香りでした。ここに人がいてはいけない。本能がそう知らせてくる。帰り道、友人と車中で会話は一切ありませんでした。(つづく)

関連記事

トピックス

食品偽装が告発された周富輝氏
『料理の鉄人』で名を馳せた中華料理店で10年以上にわたる食品偽装が発覚「蟹の玉子」には鶏卵を使い「うづらの挽肉」は豚肉を代用……元従業員が告発した調理場の実態
NEWSポストセブン
大谷翔平の妻・真美子さんの役目とは
《大谷翔平の巨額通帳管理》重大任務が託されるのは真美子夫人か 日本人メジャーリーガーでは“妻が管理”のケースが多数
女性セブン
17歳差婚を発表した高橋(左、共同通信)と飯豊(右、本人instagramより)
《17歳差婚の決め手》高橋一生「浪費癖ある母親」「複雑な家庭環境」乗り越え惹かれた飯豊まりえの「自分軸の生き方」
NEWSポストセブン
雅子さまは免許証の更新を続けられてきたという(5月、栃木県。写真/JMPA)
【天皇ご一家のご静養】雅子さま、30年以上前の外務省時代に購入された愛車「カローラII」に天皇陛下と愛子さまを乗せてドライブ 普段は皇居内で管理
女性セブン
稽古まわし姿で土俵に上がる宮城野親方(時事通信フォト)
尾車親方の“電撃退職”で“元横綱・白鵬”宮城野親方の早期復帰が浮上 稽古まわし姿で土俵に立ち続けるその心中は
週刊ポスト
殺人未遂の現行犯で逮捕された和久井学容疑者
【新宿タワマン刺殺】ストーカー・和久井学容疑者は 25歳被害女性の「ライブ配信」を監視していたのか
週刊ポスト
本誌『週刊ポスト』の高利貸しトラブルの報道を受けて取材に応じる中条きよし氏(右)と藤田文武・維新幹事長(時事通信フォト)
高利貸し疑惑の中条きよし・参議院議員“うその上塗り”の数々 擁立した日本維新の会の“我関せず”の姿勢は許されない
週刊ポスト
東京駅17番ホームで「Zポーズ」で出発を宣言する“百田車掌”。隣のホームには、「目撃すると幸運が訪れる」という「ドクターイエロー」が停車。1か月に3回だけしか走行しないため、貴重な偶然に百田も大興奮!
「エビ反りジャンプをしてきてよかった」ももクロ・百田夏菜子、東海道新幹線の貸切車両『かっぱえびせん号』特別車掌に任命される
女性セブン
店を出て染谷と話し込む山崎
【映画『陰陽師0』打ち上げ】山崎賢人、染谷将太、奈緒らが西麻布の韓国料理店に集結 染谷の妻・菊地凛子も同席
女性セブン
高橋一生と飯豊まりえ
《17歳差ゴールイン》高橋一生、飯豊まりえが結婚 「結婚願望ない」説を乗り越えた“特別な関係”
NEWSポストセブン
雅子さま、紀子さま、佳子さま、愛子さま 爽やかな若草色、ビビッドな花柄など個性あふれる“グリーンファッション”
雅子さま、紀子さま、佳子さま、愛子さま 爽やかな若草色、ビビッドな花柄など個性あふれる“グリーンファッション”
女性セブン
「週刊ポスト」本日発売! 岸田首相の脱法パーティー追撃スクープほか
「週刊ポスト」本日発売! 岸田首相の脱法パーティー追撃スクープほか
NEWSポストセブン