スペイン絵画の巨匠・ゴヤが描いた代表的な作品『裸体のマハ』と『着衣のマハ』。ゴヤは同じポーズの同じ女性を2つの作品に描き分けたが、これら作品が描かれた背景とはどんなものだったのか。
同じポーズの女性の着衣とヌードの絵は、写真のない時代に「脱ぐ」ことをリアルに伝えた斬新な演出だった。
20世紀以前のスペイン絵画史には、ほとんどヌードが存在しない。王立の異端審問所が、みだらな絵画を禁じ、違反者には厳罰を与えていたためである。そんな時代にゴヤが『裸体のマハ』を描けたのは、この絵の発注者が時の宰相ゴドイだったから。美術愛好家で好色家のゴドイの自宅には、禁断のヌードばかりを集めた秘密の部屋があった。
マハとはマドリッドの下町娘のことだが、この絵のモデルは当時社交界の女王といわれたアルバ公爵夫人といわれている。夫人はゴヤと愛人関係にあったという。
興味深いのは2点の顔の描き分けだ。両者を比べてみると明らかに裸体のほうが精巧に描き込まれている。特に濡れた瞳の輝きは、鑑賞者を画中に誘い込むような挑発的な印象さえも受ける。ゴヤが画家として特別な情熱を込めて描き上げた作品だったことが窺える。
※週刊ポスト2012年1月13・20日号