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還暦間近の息子が全く相容れない父を介護した日々を綴った書

【書評】『俺に似たひと』(平川克美著/医学書院/1680円)

【評者】関川夏央(作家)

 * * *
「俺に似た人」とは父親のことである。高峰秀子と同年生まれの父は、二〇一一年六月、八七歳で亡くなった。その最晩年一年半、六〇歳になろうとする著者・平川克美が同居して介護した。二〇〇九年一二月、母親が八三歳で逝くと、父は一気に老いた。

「おかしいんだよな。そんなはずはないんだけどな」

 プラスチックの洗い桶をガス台にのせてしまったとき、父親はこうつぶやいた。本人も周囲も気づかぬうちに「老い」のプロセスは終了していたのである。

 絶対に相容れない、と若い頃は信じていた父親を風呂に入れ、股間を洗ってやる。摘便をする。仕事(会社、執筆、講義)をつづけながら、掃除、洗濯、料理をする。家事は意外に面白い。熱中していると知らぬ間に時はすぎる。

 父親は精密プレス工で、大田区の町工場の社長でもあった。昭和三〇年代の典型的働きものであった。会社を大きくし、町内会に献身した。やがて工場の成長は止まり、縮小から廃業へと至った。それはそのまま人の一生のようだった。

 著者がほぼ同時に刊行した『小商いのすすめ』(ミシマ社)に、父親の若いスナップ写真が出ている。『三丁目の夕日』の堤真一より小柄で、粋で、腕のいいこの若い親方の「老いかた」には、アカの他人も溜息を禁じ得ない。

 著者の介護の動機は、息子としての義務感である。しかし義務を淡々とこなして、生活と人生を律する。それは「愛」より信頼に足る。ともに暮らしてみてわかった。自分は父親によく似ている。「相容れない」のは、人生の夏を迎えた時代が違ったからにすぎない。 人生の冬至に向かい、誰もが長い坂道を下って行く。その介護と見とりは個人的なできごとで、「世界」には関係がない。

 しかし、そのような厖大な極私的な行いの堆積が世界をつくっているのである。些事にして大事、あるいは些事こそが大事、しみじみそう思う。

※週刊ポスト2012年3月16日号

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