名優たちには、芸にまつわる「金言」が数多くある。映画史・時代劇研究家の春日太一氏が、その言葉の背景やそこに込められた思いを当人の証言に基づきながら掘り下げる。今回は俳優の道を歩み始めて60年、仲代達矢氏の金言をとりあげる。
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仲代達矢は60年の役者人生を通じて、多彩な役柄を演じ分けてきた。その役作りの基本にいつもあるのが、「声」だ。
「私は作品によって発声術を変えてきました。たとえば『用心棒』の時は三船(敏郎)さんの剛毅な声に対してどう絡んでいこうとか、『椿三十郎』では音程を下げて硬めに喋るとか。
楽器のチェロと同じように、俳優の声も高いところから低いところまで十種類ぐらいを役に応じて使い分けていかないと。楽器と同じなんです、俳優は」
時代劇映画『切腹』(1962年、小林正樹監督)は、仲代が最も思い入れを抱く作品だ。仲代の「語り」によって物語は進展する。当時まだ29歳の仲代が演じた主人公は、孫のいる中年。歳相応のリアリティを創り上げるために、「声」にこだわった。
「『切腹』は語り芸の映画だと思いましたので、台詞の音程に気を使いました。
私が映画界に入った頃は──今でもそうなんですが──みんな地声で芝居をするんですね。でも、私は役柄によって声の音程を変えるべきだと思います。
地声でやると日常的リアリズムは出るかもしれないけど、『扮する』わけですから、『虚』と『実』が入り混じっているところに俳優という商売は成り立っていると思います。そして『虚』の部分が観客を惹きつけるんです。日常的リアリズムの自然体というのは演技の基本だけど、プロならそこからさらに作り上げなきゃいけない。
『切腹』の時は戦場をくぐり抜けてきた中年男の雰囲気を出すために、私の持っている一番のロー・トーンを使いました」
※週刊ポスト2013年1月25日号