「土のフルコース」を出す一風変わったフレンチがある。五反田の老舗「ヌキテパ」だ。オーナーシェフの田辺年男氏は、以前からテレビ番組などでも土を使った料理で評価を得ている。先日、そのヌキテパで「土の試食会」が行われた。潜入した編集者/フード・アクティビストの松浦達也氏は「土」を食べ、何を思ったのだろうか。
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「土を食べるのか……」。五反田にある老舗の名店「ヌキテパ」のオーナーシェフ、田辺年男氏が以前から「土の料理」に傾倒していることは知られていた。……が、自分で食べるとなると話は別だ。そもそも土を食材だと考えたことがないし、自ら進んで食べに行こうとは思わなかった。
しかし、知人に誘われたとなると話は違う。「度胸のないヤツだ」と思われるのもシャクだし、滅多にある機会でもない。ノコノコとヌキテパで行われるという試食会に出かけることになった。ちなみに店名の由来は、フランス語の“Ne quittez pas.”。田辺シェフが語感の響きを気に入ってつけたこの名前は、電話を取り次いだりするときに「(電話を)切らないでお待ちください」という意味で使われるという。
この日、ヌキテパで供されたメニューは以下の7品。
1.じゃがいもの澱粉と土のスープ
2.サラダ 土のドレッシング
3.海のミネラルと陸のミネラル ハマグリと土の上澄みのジュレ
4.土のリゾット ハタのソテー ごぼうのソース
5.土のアイスクリーム
6.土のグラタン
7.土のミントティー
メニューを見て、クラクラした。全メニューが土だ。しかも一品目から「土のスープ」――つまり「泥」。辞書で「泥」を引くと「水が混じって軟らかくなった土」(大辞林)とある。目の前のロングのホットグラスには、薄めではあるもののそのスープが入っていて、薄く切ったトリュフのフタが乗せてある。フタを開けると、温かいスープで蒸されたトリュフの香気が立ち上る……が、泥である。
もっとも口をつけてみると、想像した「泥臭さ」はまったくない。トリュフをかじりながらスープをすすると、土というよりトリュフの香りが鼻に抜けてくる。口にしたときの清涼感は、天然の硬水にも少し似たミネラル味が感じられる。
その後も、すべての皿に「土」が登場したが、どの皿を食べても舌の上が軽い。サラダのビネガーやソテーのバターソースといった強い余韻もスッと流してくれる。和の食材でも、豆腐のように、皿と皿の間にその前に食べた味をリセットしてくれる食材もある。だが土は食べながらにして、舌がすっきりする。とりわけ野菜とのなじみがいい。不思議な後味だ。
慣れない客の抵抗感を薄めるためか、田辺シェフは「土は無味無臭」と言ったが、「土」にも微妙な味わいはある。この日使われた土は、プロトリーフというガーデニング用土メーカーが提供した鹿沼の黒土だった。正直、少し気にかかっていた放射性物質についても、同社の佐藤崇嗣社長自ら「食べ物を育てる土は私たちの身体の根本。直接口にしていただくことを前提に検査済み」と、田辺シェフの目の前で言われると気持ちが軽くなる。現在、黒土のさらに細かい成分調査もしているという。
通常、黒土に含まれているのは、炭素、リン酸、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどだ。野菜の栄養分としておなじみのものも多いが、リン酸は酸味料などの清涼剤として使われる。また近年、カルシウムに「苦味に酸味が少し加わったような味」という「カルシウム味」が発見された。また「苦土」とも言われるマグネシウムは、文字通り苦い味がすると言われる。調理素材としての「土」と、土の上に育つ野菜の相性がいいのは当然なのかもしれない。
大辞林で「土臭い」を引いてみる。すると「野性的な」とか「生命力に富んだ」という意味も明記されている。料理研究家、辰巳芳子氏の「命のスープ」が話題になっているが、この日供された「土のスープ」もまた、まぎれもなく「命のスープ」だった。つまり「土のフルコース」は「命のフルコース」とも言える。