国内

「土」のフルコース 命が育つ土を食べさせるフレンチの名店

カブの根が添えられた「じゃがいもの澱粉と土のスープ」

「土のフルコース」を出す一風変わったフレンチがある。五反田の老舗「ヌキテパ」だ。オーナーシェフの田辺年男氏は、以前からテレビ番組などでも土を使った料理で評価を得ている。先日、そのヌキテパで「土の試食会」が行われた。潜入した編集者/フード・アクティビストの松浦達也氏は「土」を食べ、何を思ったのだろうか。

 * * *
「土を食べるのか……」。五反田にある老舗の名店「ヌキテパ」のオーナーシェフ、田辺年男氏が以前から「土の料理」に傾倒していることは知られていた。……が、自分で食べるとなると話は別だ。そもそも土を食材だと考えたことがないし、自ら進んで食べに行こうとは思わなかった。

しかし、知人に誘われたとなると話は違う。「度胸のないヤツだ」と思われるのもシャクだし、滅多にある機会でもない。ノコノコとヌキテパで行われるという試食会に出かけることになった。ちなみに店名の由来は、フランス語の“Ne quittez pas.”。田辺シェフが語感の響きを気に入ってつけたこの名前は、電話を取り次いだりするときに「(電話を)切らないでお待ちください」という意味で使われるという。

この日、ヌキテパで供されたメニューは以下の7品。
1.じゃがいもの澱粉と土のスープ
2.サラダ 土のドレッシング
3.海のミネラルと陸のミネラル ハマグリと土の上澄みのジュレ
4.土のリゾット ハタのソテー ごぼうのソース    
5.土のアイスクリーム
6.土のグラタン
7.土のミントティー

メニューを見て、クラクラした。全メニューが土だ。しかも一品目から「土のスープ」――つまり「泥」。辞書で「泥」を引くと「水が混じって軟らかくなった土」(大辞林)とある。目の前のロングのホットグラスには、薄めではあるもののそのスープが入っていて、薄く切ったトリュフのフタが乗せてある。フタを開けると、温かいスープで蒸されたトリュフの香気が立ち上る……が、泥である。

もっとも口をつけてみると、想像した「泥臭さ」はまったくない。トリュフをかじりながらスープをすすると、土というよりトリュフの香りが鼻に抜けてくる。口にしたときの清涼感は、天然の硬水にも少し似たミネラル味が感じられる。

その後も、すべての皿に「土」が登場したが、どの皿を食べても舌の上が軽い。サラダのビネガーやソテーのバターソースといった強い余韻もスッと流してくれる。和の食材でも、豆腐のように、皿と皿の間にその前に食べた味をリセットしてくれる食材もある。だが土は食べながらにして、舌がすっきりする。とりわけ野菜とのなじみがいい。不思議な後味だ。

慣れない客の抵抗感を薄めるためか、田辺シェフは「土は無味無臭」と言ったが、「土」にも微妙な味わいはある。この日使われた土は、プロトリーフというガーデニング用土メーカーが提供した鹿沼の黒土だった。正直、少し気にかかっていた放射性物質についても、同社の佐藤崇嗣社長自ら「食べ物を育てる土は私たちの身体の根本。直接口にしていただくことを前提に検査済み」と、田辺シェフの目の前で言われると気持ちが軽くなる。現在、黒土のさらに細かい成分調査もしているという。

通常、黒土に含まれているのは、炭素、リン酸、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどだ。野菜の栄養分としておなじみのものも多いが、リン酸は酸味料などの清涼剤として使われる。また近年、カルシウムに「苦味に酸味が少し加わったような味」という「カルシウム味」が発見された。また「苦土」とも言われるマグネシウムは、文字通り苦い味がすると言われる。調理素材としての「土」と、土の上に育つ野菜の相性がいいのは当然なのかもしれない。

大辞林で「土臭い」を引いてみる。すると「野性的な」とか「生命力に富んだ」という意味も明記されている。料理研究家、辰巳芳子氏の「命のスープ」が話題になっているが、この日供された「土のスープ」もまた、まぎれもなく「命のスープ」だった。つまり「土のフルコース」は「命のフルコース」とも言える。

トピックス

運転席に座る広末涼子容疑者
《事故後初の肉声》広末涼子、「ご心配をおかけしました」騒動を音声配信で謝罪 主婦業に励む近況伝える
NEWSポストセブン
近況について語った渡邊渚さん(撮影/西條彰仁)
渡邊渚さんが綴る自身の「健康状態」の変化 PTSD発症から2年が経ち「生きることを選択できるようになってきた」
NEWSポストセブン
昨年12月23日、福島県喜多方市の山間部にある民家にクマが出現した(写真はイメージです)
《またもクレーム殺到》「クマを殺すな」「クマがいる土地に人間が住んでるんだ!」ヒグマ駆除後に北海道の役場に電話相次ぐ…猟友会は「ヒグマの肉食化が進んでいる」と警鐘
NEWSポストセブン
真美子さん着用のピアスを製作したジュエリー工房の経営者が語った「驚きと喜び」
《真美子さん着用で話題》“個性的なピアス”を手がけたLAデザイナーの共同経営者が語った“驚きと興奮”「子どもの頃からドジャースファンで…」【大谷翔平と手繋ぎでレッドカーペット】
NEWSポストセブン
鶴保庸介氏の失言は和歌山選挙区の自民党候補・二階伸康氏にも逆風か
「二階一族を全滅させる戦い」との声も…鶴保庸介氏「運がいいことに能登で地震」発言も攻撃材料になる和歌山選挙区「一族郎党、根こそぎ潰す」戦国時代のような様相に
NEWSポストセブン
山尾志桜里氏に「自民入りもあり得るか」聞いた
【国民民主・公認取り消しの余波】無所属・山尾志桜里氏 自民党の“後追い公認”めぐる記者の直撃に「アプローチはない。応援に来てほしいくらい」
NEWSポストセブン
レッドカーペットを彩った真美子さんのピアス(時事通信)
《価格は6万9300円》真美子さんがレッドカーペットで披露した“個性的なピアス”はLAデザイナーのハンドメイド品! セレクトショップ店員が驚きの声「どこで見つけてくれたのか…」【大谷翔平と手繋ぎ登壇】
NEWSポストセブン
竹内朋香さん(左)と山下市郎容疑者(左写真は飲食店紹介サイトより。現在は削除済み)
《浜松ガールズバー殺人》被害者・竹内朋香さん(27)の夫の慟哭「妻はとばっちりを受けただけ」「常連の客に自分の家族が殺されるなんて思うかよ」
週刊ポスト
サークル活動に精を出す悠仁さま(2025年4月、茨城県つくば市。撮影/JMPA)
《普通の大学生として過ごす等身大の姿》悠仁さまが筑波大キャンパス生活で選んだ“人気ブランドのシューズ”ロゴ入りでも気にせず着用
週刊ポスト
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
遠野なぎこさん(享年45)、3度の離婚を経て苦悩していた“パートナー探し”…それでも出会った「“ママ”でいられる存在」
NEWSポストセブン
レッドカーペットに登壇した大谷夫妻(時事通信フォト)
《産後“ファッション迷子期”を見事クリア》大谷翔平・真美子さん夫妻のレッドカーペットスタイルを専門家激賞「横顔も後ろ姿も流れるように美しいシルエット」【軍地彩弓のファッションNEWS】
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 石破政権が全国自治体にバラ撒いた2000億円ほか
「週刊ポスト」本日発売! 石破政権が全国自治体にバラ撒いた2000億円ほか
NEWSポストセブン