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「かまぼこの楽園」と呼べる人口6000人の町が長崎半島にある

ブリンブリンとした食感が特徴のあじかまぼこ

「かまぼこ」と言えば「笹かまぼこ」で有名な宮城県を連想する。だが長崎に「人口1000人にかまぼこ業者1軒」という「かまぼこ王国」があった。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が解説する。

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 総務省の家計調査の購入金額ランキングからは意外なことが見えてくる。例えば「あじ」のブランドでもっとも有名なのは大分の「関あじ」だが、実はその大分を押さえて購入金額日本一になっているのが、実は長崎市である。長崎市だけでも「野母んあじ」「ごんあじ」という複数のブランドあじを抱え、都道府県別でもあじの水揚げ量全国一。実は長崎は押しも押されもしない「あじ王国」である。

 その象徴的なエリアが、左下のほうに突き出た長崎半島の最西南端、野母崎(のもざき)地区。名前の通り「野母んあじ」の本場であり、朝獲れの魚を求めて、遠方からも飲食店の店主が仕入れにやってくる。ついでに言うと日本の「からすみ」発祥の地として知られる樺島(かばしま)もこのエリアにある。

 地域の商店や物産センターなどには魚介の加工品が並ぶ。ひときわ目を引くのが、かまぼこだ。そして野母先の店頭では、他の地域ではあまり目にすることのない製品がある。それが「あじかまぼこ」だ。十種類ほどがずらりと並び、生産者によっては複数のあじかまぼこをラインナップしている。5軒の生産者の「あじかまぼこ」を手に取ったが、人口約6000人の地域に、他にも生産者はいるという。

 これだけの密集率でかまぼこ業者が共存する地域は他に類を見ない。実は長崎市自体「かまぼこ」の購入金額でも、仙台に続く全国二位の都市だ。だが、かまぼこ店の数となると話は違う。タウンページで店舗や卸などを含めた「かまぼこ」で検索をかけると、かまぼこ購入金額第一位の仙台市は59件のヒット。単純計算で人口1万7457人に対して検索結果1件となる計算だ。対して人口44万人の長崎市は75件で、5867人に対して1件となる。県内の五島市などにもかまぼこ店は多いが、人口約3万9000人に対して、かまぼこ店は10軒足らず。人口1000人あたりに1軒のかまぼこ業者がある野母崎には及ばない。

 この地域ではかまぼこは、地魚を使って手作りするものだった。一般の家庭でも「揚げ」「焼き」と調理法の違いがそのまま呼称になるほど、家庭に定着しているのだ。ちなみに普通のかまぼこは「板つき」と呼ばれ、あじかまぼこは「蒸し」で調理されることが多い。

 野母崎の魚はその新鮮さもあり、もはや「噛みごたえ」と表現してもいいほど、ブリンブリンとした食感が特徴だ。その食感はあじかまぼこにも引き継がれていて、しっかりと練られた噛みごたえに、あじならではの旨み、そして余計なものが加えられていないきれいな味わいがある。余計な手が加えられてないので、長崎をはじめとした九州の甘いしょう油だけでなく、東日本のしょう油にも合う。

 県内の他エリアで複数のスーパーをのぞいたところ、「あじかまぼこ」の「蒸し」はほとんど扱われていなかった。近年の長崎は「長崎かんぼこ王国」としてかまぼこを前面に押し出しているが、野母崎の「あじかまぼこ」はそのほとんどが地域で消費されている。

 文化とはその突端で先鋭化し、地域に深く根づくもの。長崎が王国なら、野母崎は、かまぼこ界において天国とか楽園などと言える存在かもしれない。噛むほどに旨みがしみ出してくる「あじかまぼこ」。その力量を噛みしめるにつけ、この突端の地から「かまぼこ独立公国宣言」なんてものが流布されたら……という妄想が膨らんでしまう。

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