国内

プロ棋士に勝ったコンピュータ 指すたびに感嘆の声が漏れた

 日進月歩のコンピュータ技術がヒトの計算能力を上回ったのは、はるか昔。それでも思考力や判断力が試される将棋の世界においては、これまで人智がコンピュータを上回ってきた。しかし今、その立場が逆転するかもしれない局面が訪れている。

 現役プロ棋士4人と5つのコンピュータソフトが対戦する団体戦「第二回電王戦」(3月23日~4月20日)が空前の盛り上がりを見せている。元『将棋世界』編集長で作家の大崎善生氏が、将棋界の“新風”を描き出す。

 * * *
 人間対コンピュータの5番勝負で行われる第二回電王戦は、第一局は人間が勝ち、続く第二局にコンピュータがついに現役の男性棋士を破るという歴史的な勝利を収め、一勝一敗でこの第三局へと引き継がれた。
 
 船江恒平五段が初手7六歩を指しツツカナがそれに答えて3四歩と指したところで取材陣は対局室を退出し、部屋の中はあっという間に静まり返った。人間とコンピュータが指す手順は、人間が指した手を読み上げ係が読み上げ、それを部屋の隅に座るプログラマーが入力する。
 
 そしてツツカナが考えた末に出た指し手が記録係の上に置かれたモニターに映し出されて、それをまた記録係が読み上げ、その指し手をコンピュータのダミー役ともいえる奨励会員が盤上にビシッと指して、それを船江が考えるという風になっている。

 *
 昼前に対局室を出てプロ棋士や取材陣が集まる控室に入る。盤面は開戦直前という場面なのだが、コンピュータの誘導により変則的な相掛かりという展開になり、人間側が少しずつ得点を重ねて優勢に見える。
 
 プロ棋士が10人いればおそらくは10人が人間側の優勢と判断するだろうという局面なのだが、しかし不思議なことにコンピュータの各有名ソフトの形勢判断ではどれもがコンピュータ側が優勢という。
 
 これはどういうことなのだろう。もしこのコンピュータの判断が正しいのだとすれば、長い年月をかけて人間が築きあげてきた、定跡や常識や形勢判断といったものが、ただの経験的な先入観に過ぎなかったということになってしまいかねない。
 
 何人ものプロ棋士が集まり、人間側が有利なはずの局面を検討している。その検討している姿を見て私はあることに気がついた。明らかに人間たちのほうがコンピュータを恐れているのである。1000のうち999が正解だったとしてもたった一手間違えてしまえば、そのまま敗戦まで持っていかれてしまう可能性がある。
 
 解説の鈴木大介八段も言っている。
 
「人間側は一手も間違えられない。その恐怖との戦いである」
 
 もし1000のうちの一を間違えたとして、コンピュータのラインに入ってしまえば、相当の確率でそこから逃げ出すことはできないのだ。腕を取られた瞬間に終わってしまう格闘技のようなものだ。

 *
 ツツカナに疑問手が出て形勢は船江の楽勝形に。人間ならば諦めて形作りをはじめるような局面になったがコンピュータは諦めない。控室にいくと棋士たちが「どんなに悪くなっても、少しでも隙を見せればターミネーターのように立ち上がってくるからなあ」とまだ怯えているのには驚いた。その言葉はやがて現実となり、人間が少しずつ疑問手を重ね、そしてついに逆転のときを迎える。
 
 疲れ果てた船江がついに腕を取られる瞬間がくる。あれほど恐れていたコンピュータの読みのレールに入り込んでしまった。これはもう逃れられない。まだ難解かと思われた終盤戦をツツカナは20数手に亘りノータイムで指し進め冷酷に人間の玉を追い詰めてしまった。控室にはときどきどよめきが上がる。ツツカナが指すたびに「そこはそう指すのか。いや正確だ」と感嘆の声。そのまま184手でコンピュータが歴史的ともいえる大死闘を勝ち切ったのである。
 
「負けました」という人間の声だけが響いた。

※週刊ポスト2013年4月26日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

オールスターゲーム前のレッドカーペットに大谷翔平とともに登場。夫・翔平の横で際立つ特注ドレス(2025年7月15日)。写真=AP/アフロ
大谷真美子さん、米国生活2年目で洗練されたファッションセンス 眉毛サロン通いも? 高級ブランドの特注ドレスからファストファッションのジャケットまで着こなし【スタイリストが分析】
週刊ポスト
公金還流疑惑がさらに発覚(藤田文武・日本維新の会共同代表/時事通信フォト)
《新たな公金還流疑惑》「維新の会」大阪市議のデザイン会社に藤田文武・共同代表ら議員が総額984万円発注 藤田氏側は「適法だが今後は発注しない」と回答
週刊ポスト
“反日暴言ネット投稿”で注目を集める中国駐大阪総領事
「汚い首は斬ってやる」発言の中国総領事のSNS暴言癖 かつては民主化運動にも参加したリベラル派が40代でタカ派の戦狼外交官に転向 “柔軟な外交官”の評判も
週刊ポスト
黒島結菜(事務所HPより)
《いまだ続く朝ドラの影響》黒島結菜、3年ぶりドラマ復帰 苦境に立たされる今、求められる『ちむどんどん』のイメージ払拭と演技の課題 
NEWSポストセブン
初代優勝者がつくったカクテル『鳳鳴(ほうめい)』。SUNTORY WORLD WHISKY「碧Ao」(右)をベースに日本の春を象徴する桜を使用したリキュール「KANADE〈奏〉桜」などが使われている
《“バーテンダーNo.1”が決まる》『サントリー ザ・バーテンダーアワード2025』に込められた未来へ続く「洋酒文化伝承」にかける思い
NEWSポストセブン
公職上の不正行為および別の刑務所へ非合法の薬物を持ち込んだ罪で有罪評決を受けたイザベル・デール被告(23)(Facebookより)
「私だけを欲しがってるの知ってる」「ammaazzzeeeingggggg」英・囚人2名と“コッソリ関係”した美人刑務官(23)が有罪、監獄で繰り広げられた“愛憎劇”【全英がザワついた事件に決着】
NEWSポストセブン
立花孝志容疑者(左)と斎藤元彦・兵庫県知事(写真/共同通信社)
【N党党首・立花孝志容疑者が逮捕】斎藤元彦・兵庫県知事“2馬力選挙”の責任の行方は? PR会社は嫌疑不十分で不起訴 「県議会が追及に動くのは難しい」の見方も
週刊ポスト
超音波スカルプケアデバイスの「ソノリプロ」。強気の「90日間返金保証」の秘密とは──
超音波スカルプケアデバイス「ソノリプロ」開発者が明かす強気の「90日間全額返金保証」をつけられる理由とは《頭皮の気になる部分をケア》
NEWSポストセブン
三田寛子(時事通信フォト)
「あの嫁は何なんだ」「坊っちゃんが可哀想」三田寛子が過ごした苦労続きの新婚時代…新妻・能條愛未を“全力サポート”する理由
NEWSポストセブン
大相撲九州場所
九州場所「17年連続15日皆勤」の溜席の博多美人はなぜ通い続けられるのか 身支度は大変だが「江戸時代にタイムトリップしているような気持ちになれる」と語る
NEWSポストセブン
一般女性との不倫が報じられた中村芝翫
《芝翫と愛人の半同棲にモヤモヤ》中村橋之助、婚約発表のウラで周囲に相談していた「父の不倫状況」…関係者が明かした「現在」とは
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 高市首相「12.26靖国電撃参拝」極秘プランほか
「週刊ポスト」本日発売! 高市首相「12.26靖国電撃参拝」極秘プランほか
NEWSポストセブン