魚の呼び名はさまざま。同じ魚でも、季節によって微妙に色を変えることから季節限定で“サクラ”の名を冠する魚について、釣り関連の著書を多く執筆・編集している高木道郎氏が解説する。
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桜が咲く頃に釣れるマダイをサクラダイと呼ぶ。マダイは海水温が12度を上回ると越冬場所である深場から浅場へ移動し、産卵にそなえて体力をつけるためにエサを食べ漁る。そして、海水温が15度前後になると沿岸部の浅場で産卵する。産卵は日没前後に海面近くで行われることが多く、ときに数週間に及ぶそうだ。
東京湾口周辺ではマダイが遊泳する層の水温が12度から13度を維持する頃、表層の水温は16度から18度を示す。これはサクラ(ソメイヨシノ)の開花時期とリンクするため、昔からこの時期に獲れる乗っ込みマダイをサクラダイと呼んで珍重したのである。
産卵は5月、6月と続き、それ以降は一時的にやせ衰えて体色も黄ばんでしまう。この時期のマダイをムギワラダイと呼ぶが、産卵後のマダイは脂が抜けてムギワラのようとの意味もあるらしい。
桜前線とともにサクラダイ前線は太平洋岸を西から東へ、日本海を津軽海峡まで北上して行くのだが、これは船釣りの話。磯や堤防の場合はもう少し時期が遅くなるようだ。桜前線といっしょに移動するのはクロダイのほうの乗っ込み前線で、それにやや遅れる感じでマダイの乗っ込みが続く。
津軽半島ではマダイはリンゴの花とともにやってくる。有名な弘前公園のサクラの開花日は4月下旬、リンゴ園で白い花が開きはじめるのが5月上旬だから、10日から2週間のズレになるだろうか。
釣り人は陸を見て魚の動きを読み取り、空を見上げて海の変化を予測する。草木の葉、昆虫、渡り鳥も参考になるが、それは関連データによる予測より正確なことが多い。花鳥風月を友とする風流な釣り師ほど、魚や海の状態を素早く予測できるということだ。ちなみにサクラダイが標準和名の魚もいるが、こちらはハタ科に属する小型のニセダイである。
■高木道郎(たかぎ・みちろう)/1953年生まれ。フリーライターとして、釣り雑誌や単行本などの出版に携わる。北海道から沖縄、海外へも釣行。主な著書に『防波堤釣り入門』(池田書店)、『磯釣りをはじめよう』(山海堂)、『高木道郎のウキフカセ釣り入門』(主婦と生活社)など多数。
※週刊ポスト2013年5月24日号