【著者に訊け】長岡弘樹氏/『教場』/小学館/1575円
累計39万部を突破した短編ミステリーの傑作『傍聞き』(2008年)を始め、長岡弘樹氏(44)の作品に共通するのはいわゆる「心理トリック」と呼ばれるものだ。登場人物はごく一般的な生活者としてウソもつけば保身にも走る「僕と同じで、みみっちい人々(笑い)」。なるほど気持ちはわかると共感したが最後、まんまと作家の仕掛けた罠に嵌っているのだから、人が悪い。
最新作『教場』の舞台はとある県の警察学校。初任科第98期短期課程に属する約40名は既に巡査の身分を持つ社会人でもあり、年齢や志望動機もそれぞれだ。半年間にわたる過酷な訓練と、事あれば〈連帯責任〉を問われる理不尽さの中で、体力的人格的に適性のない者は容赦なく退校を命じられる。
警察学校とは実のところ〈必要な人材を育てる前に、不要な人材をはじき出すための篩〉でもあった。まして何もかもお見通しの担任教官〈風間〉の冷たく鋭い目が光る中、それぞれ事情を抱えた彼ら彼女らの命運やいかに……。長岡氏はこう語る。
「警察小説は既にいろんな方が書かれているし、今さら自分の出番はないと思っていたんですけどね。あるとき警察学校を卒業したての新人警官の方に話を聞いたら、どうやら学校と言っても人を育てるより選別する側面が強いらしく、俄然書いてみたくなったんです。
組織に不要な人間を篩にかける場所では当然教官がいろんな意地悪を仕掛けてくるだろうし、生徒だって自分が生き残るために仲間を陥れかねない。僕は気になった小道具やトリックは常時500個くらいエクセルにストックしているんですが、今回は選りすぐりの意地の悪いネタばかり使うことになりました(笑い)」
帯には〈すべてが伏線。一行も読み逃すな〉とあり、第一話「職質」から第六話「背水」まで、一話一話の精度といいトリックのキレといい、まさに申し分ない。かといって手玉に取られっぱなしでもさすがに悔しいので、本稿ではあえて難癖(?)から入ってみたい。
まず、生徒たちの文章がいかんせん巧すぎる。同校では毎日原稿用紙5枚以上の日記の提出が義務付けられている。将来調書を書く訓練も兼ねるため、創作や捏造は一切厳禁。事実と異なるとわかれば即退学だ。第三話「蟻穴」の主人公〈鳥羽暢照〉など「作文は苦手」と言うわりには精緻な文章を書き、最終章で卒業文集に寄せた〈姿紋〉と題した文章など、わざわざ買って読みたくなるほど感動的だ。
「彼らは第三者の目に触れる日記を毎日書いてきたわけで、訓練の賜物と思っていただければありがたい。この『蟻穴』はもともと“事実しか書けない日記”というところから着想した作品で、嘘を嘘で塗り固めてドツボにハマるみたいな話が僕自身好きなんですね(笑い)。特に転職組も多い彼らは年齢的にやり直しがきかない以上、自分をよく見せようとするだろうと。
そして白バイ警官志望の鳥羽はある能力を売り込もうとして逆に墓穴を掘るんですが、担任が他でもない風間ですからね。魂胆は全て見抜かれると思って諦めてもらうしかない(笑い)」
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2013年7月12日号