映画『男はつらいよ』では寅さんの妹、さくらの夫の博、ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』では、長女弥生の夫、野田良など、親しみやすい等身大のイメージが強い俳優の前田吟。俳優座養成所時代にすでに結婚して子どもがいたため、演劇論よりも食べることが優先だったという前田の芝居への思いを、映画史・時代劇研究家の春日太一氏が綴る。
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前田吟はこの夏の大ヒット映画『真夏の方程式』でも存在感を見せつけるなど、69歳を迎えてもそのアクの強い演技は健在だと証明してみせている。
前田は夏八木勲や原田芳雄と同じ俳優座養成所の「花の十五期生」出身だ。役者を目指し高校中退して上京、東京芸術座で一年の研修を経ての入所だった。
前田は養成所時代から山本薩夫監督の『スパイ』、小林正樹監督『怪談』といった映画や、テレビドラマ『おんまの国』などに出演してきた。卒業後はどこの劇団にも所属することなく、映画やテレビドラマに出続けた。近年ではバラエティ番組、旅番組などでも幅広く活躍している。
前田吟にとって演技をすることは仕事だと明快だ。
「養成所の若手ってみんな学生っぽいんですよ。でも僕はずっと働いてきたから、生活感がある。それで漁師やパン屋、いろんな若者の役をやらせてもらえました。ただ、そのせいで卒業後はどこにも行く所がなかった。どの劇団からも『あいつは金のために役者をして、汚れている』と思われたんでしょう。
それに、十五期の中では個性的でも、プロになればそうはいかない。俳優座にいた井川比佐志さんみたいに漁師をやっても農民をやっても僕より遥かに生活感のある方がいるわけですから。
ただ、僕には働くことしかなかった。養成所を出た時には子供がいましたから、生活が人より違っていたんです。方針は『稼ぐ』ということ。芝居を上手くなろうとか、いい芝居をしようとか、劇団を作ってみんなで好きな芝居をしようとか、そういうのは毛頭なかった。もう、働くことだけ。そのためには、売れるしかないんです。
今もそうですが、僕は演技をすることが仕事だと思っています。飯を食うため、自分が生きるため、家族を養うため、そのために演技がある。ですから、オファーがあればどんな役でもやりますし、時間のある限りはスケジュールが合えばバラエティ番組も出ます」
●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP新書)ほか。
※週刊ポスト2013年10月11日号