スポーツ

巨人から解雇された26歳 病院チーム練習後は介護職員見習い

 プロ野球は日本シリーズが終わると、選手の契約更改やドラフト会議にかけられる新人選手の話題一色になる。その裏で、毎年70、80選手が職場を追われる。ドラフト5位で巨人に入団しながら、1軍で活躍するチャンスをつかめぬまま戦力外となった財前貴男氏のいまの一日を、作家の山藤章一郎氏が追った。

 * * *
 茨城県つくば市〈筑波病院〉。ドラフト5位、1軍戦公式出場なしで、巨人軍を〈戦力外通告〉された財前貴男(26歳)は、ここの野球チームにいた。

 朝7時、体育館入り。ランニングに続いてキャッチボール、トスバッティング。9時まで週3回の朝練。チームメイトは財前を絶賛する。

「やっぱり刺激になります。なんたって巨人ですよ。おれたち学生野球あがりとは全然違う。何が違うか。すべての動作が精確です。しかも穏やかで優しくて」

 その性格ゆえにめざしたのか。練習を終えると病院付属のデイサービス・グループホーム〈桑林〉で介護職員の見習いとなる。始めて10か月。支援1から要介護5まで、30人ほどの老人を看る。財前と一緒にホームの〈食堂兼機能訓練室〉に入ってみた。

「おトイレッ。おトイレよぉ」

 大声の老婆に財前が駆けよる。おむつとタオルを手に便所に入る。車椅子から老婆を便器に移し、終わると尻を拭いてあげ、おむつを穿かせ、また車椅子に乗せた。仲間の爺さんが声をあげる。

「いっぱい出たかい」
「出た。売りたいぐれえ出た。こん人のおかげさ」

 財前はぺこんと頭を下げ、汚れたおむつをビニールに入れ、外に持って行く。勤務は夜7時まで。ひっきりなしに動く。静かに坐って食べる時間もない。

 寮、ひとり暮らし。いまなお巨人を愛し、毎夜、プロ野球ニュースを追う。

「野球で身に染みているチームプレイに通ずるこの仕事、嫌いじゃないんです。死んだじいちゃんのことも思いだしますし。

 巨人に入れてうれしかったんですが、ケガが多くて。呼び出されたときは、覚悟しました。来たなっ。ケガのせいにはしませんが、悔恨ばかりです。悔しいです。でも頑張ります。いずれ、鍼灸師になります」

 別な婆さんが声をあげる。

「入れ歯、あたしの入れ歯どこやった」
「はいはい、ここに」

 財前は歯ブラシで磨き始めた。

※週刊ポスト2013年10月25日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

11月24日0時半ごろ、東京都足立区梅島の国道でひき逃げ事故が発生した(右/読者提供)
【足立区11人死傷】「ドーンという音で3メートル吹き飛んだ」“ブレーキ痕なき事故”の生々しい目撃談、28歳被害女性は「とても、とても親切な人だった」と同居人語る
NEWSポストセブン
愛子さま(写真/共同通信社)
《中国とASEAN諸国との関係に楔を打つ第一歩》愛子さま、初の海外公務「ラオス訪問」に秘められていた外交戦略
週刊ポスト
グラビア界の「きれいなお姉さん」として確固たる地位を固めた斉藤里奈
「グラビアに抵抗あり」でも初挑戦で「現場の熱量に驚愕」 元ミスマガ・斉藤里奈が努力でつかんだ「声のお仕事」
NEWSポストセブン
「アスレジャー」の服装でディズニーワールドを訪れた女性が物議に(時事通信フォト、TikTokより)
《米・ディズニーではトラブルに》公共の場で“タイトなレギンス”を普段使いする女性に賛否…“なぜ局部の形が丸見えな服を着るのか” 米セレブを中心にトレンド化する「アスレジャー」とは
NEWSポストセブン
日本体育大学は2026年正月2日・3日に78年連続78回目の箱根駅伝を走る(写真は2025年正月の復路ゴール。撮影/黒石あみ<小学館>)
箱根駅伝「78年連続」本戦出場を決めた日体大の“黄金期”を支えた名ランナー「大塚正美伝説」〈1〉「ちくしょう」と思った8区の区間記録は15年間破られなかった
週刊ポスト
「高市答弁」に関する大新聞の報じ方に疑問の声が噴出(時事通信フォト)
《消された「認定なら武力行使も」の文字》朝日新聞が高市首相答弁報道を“しれっと修正”疑惑 日中問題の火種になっても訂正記事を出さない姿勢に疑問噴出
週刊ポスト
地元コーヒーイベントで伊東市前市長・田久保真紀氏は何をしていたのか(時事通信フォト)
《シークレットゲストとして登場》伊東市前市長・田久保真紀氏、市長選出馬表明直後に地元コーヒーイベントで「田久保まきオリジナルブレンド」を“手売り”の思惑
週刊ポスト
ラオスへの公式訪問を終えた愛子さま(2025年11月、ラオス。撮影/横田紋子)
《愛子さまがラオスを訪問》熱心なご準備の成果が発揮された、国家主席への“とっさの回答” 自然体で飾らぬ姿は現地の人々の感動を呼んだ 
女性セブン
26日午後、香港の高層集合住宅で火災が発生した(時事通信フォト)
《日本のタワマンは大丈夫か?》香港・高層マンション大規模火災で80人超が死亡、住民からあがっていた「タバコの不始末」懸念する声【日本での発生リスクを専門家が解説】
NEWSポストセブン
山上徹也被告(共同通信社)
「金の無心をする時にのみ連絡」「断ると腕にしがみついて…」山上徹也被告の妹が証言した“母へのリアルな感情”と“家庭への絶望”【安倍元首相銃撃事件・公判】
NEWSポストセブン
被害者の女性と”関係のもつれ”があったのか...
《赤坂ライブハウス殺人未遂》「長男としてのプレッシャーもあったのかも」陸上自衛官・大津陽一郎容疑者の “恵まれた生育環境”、不倫が信じられない「家族仲のよさ」
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 習近平をつけ上がらせた「12人の媚中政治家」ほか
「週刊ポスト」本日発売! 習近平をつけ上がらせた「12人の媚中政治家」ほか
NEWSポストセブン