新しい年が明けて間もなくのこと、日本将棋連盟に大きな衝撃が走った。1月7日に行なわれたA級順位戦第7回戦で谷川浩司九段(17世永世名人)が渡辺明二冠に敗れ、1勝6敗となった。後日に行なわれた順位戦で競争相手が次々と星を伸ばし、その結果、谷川氏の降級が決定した。19歳から32期連続で保持していたA級ランクからの陥落。一つの時代の転換点を『将棋世界』元編集長で作家の大崎善生氏が綴る。
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永世名人のA級陥落というのは独特の緊張感が伴うものである。かつて昭和を代表する大名人、大山康晴15世名人は永世名人としてA級を陥落すれば即時に引退することを表明して、ついにその一生をA級のまま送った。大山には永世名人を横綱とすればB級は平幕との意識があり、横綱が平幕で戦うわけにはいかないという矜持があったのだ。
さて谷川はどうするのか。将棋ファンは誰もが固唾を飲んで見守ることになった。私もその成り行きにもちろんある緊張感を伴って注目していた。というのは今からもう10年近く前に谷川とある雑誌の企画で対談し、その席でオフレコではあるが、もし万が一A級から陥落したらどうするかと聞いたことがあったからだ。
当時の谷川はタイトル保持者でありバリバリのA級棋士で降級とはほど遠い存在だったが、なんとなく興味があって聞いてみたのだ。「さあ、困りましたねえ」と、人の良い谷川は私の無理な質問に少し弱った顔をして黙り込んだ。谷川は実直な性格で、尋ねたことには恐ろしいほどに正直に答えてくれる。その谷川が簡単に答えを出せないということは、結構ぎりぎりの問いかけなのだ。