文芸評論家の末國善己氏は、そもそもこの『走れメロス』には矛盾点が多いと指摘する。
「村に帰り着いたメロスはすぐに妹の結婚式を挙げようとしますが、《婿の牧人は驚き、それはいけない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、葡萄の季節まで待ってくれ》と一度断わられる。これは明らかに、《結婚式も間近か》《メロスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ》という冒頭の記述と矛盾しています」(末國氏)
メロスは妹の結婚式の日取りを間違えていたのか、それともよっぽどせっかちだったのか。セリヌンティウスを人質にする約束を本人の承諾のないうちに王と結び、しかも、
《濁流を泳ぎきり、山賊を三人も撃ち倒し韋駄天、ここまで突破して来たメロスよ。真の勇者、メロスよ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い》
と、自分で自分を「勇者」と呼ぶあつかましさ。同様に「韋駄天」を自称しているが、実は早歩き程度の速さだったとは……。
物語のラストではほぼ全裸の状態となり、《ひどく赤面した》メロス。しかし、なりふり構わない全力疾走でならともかく、早歩き程度で全裸状態になっているとあれば、もはや不審者とそう変わらない。“武勇伝”の真実が暴かれ、メロスは再び赤面していることだろう──。
※週刊ポスト2014年3月7日号