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福島のリアルを描いた衝撃作「境界の町で」著者が苦悩を告白

 福島を巡るひとつの物語が出版された。岡映里氏作「境界の町で」(リトルモア社刊)。原発復旧工事に当たる作業員など赤裸々に描写する貴重なノンフィクションである一方、福島と東京に板挟みになって彷徨するひとりの女性の私小説でもある。作者に聞いた。(取材・文=フリーライター・神田憲行)

 * * *
 岡映里さんのデビュー作「境界の町で」は、不思議な物語である。「3.11」取材で福島に赴き、そこで出会った人々の姿を描いた。登場人物、会話、出来事は「全て事実」という一方で、小説のような空気も漂う。岡さん自身、「この作品はノンフィクション≒私小説」と説明する。

岡:書いてある人は全て「事実」なんですが、ただ事実の羅列ではなく、人に伝えるために「構成」を考えています。「構成」という作為が入った段階で、私はこれをノンフィクションと呼んでいいのか、ためらいがありました。

 福島に入ったのは最初は週刊誌の記者としての仕事だった。だが現場にのめり込み、1年6ヶ月もの間週末ごとに福島に高速バスで通い、作品中に出てくる「蕎麦屋」の2階で寝泊まりする日々を送った。

岡:もともと「発生モノ」と呼ばれるジャンルが好きで、事件や事故の被害者遺族の手記などを取るのが得意でした。手記を取るためには何度も相手のところに通い詰めます。そうするとうちに人ごとじゃなくて、半分当事者になってしまうんですね。被害者の遺族に小さな子どもがいて、自分が引き取って育てようかと本気で考えたこともあるし……。取材者としてはやってはいけないことだとわかっているんですが。

 主な登場人物は4人。原発の復旧作業に作業員を派遣している元ヤクザの「親方」、その父親で国政選挙に打って出る「お父さん」、「ニートをこじらせたような青年」、警戒区域内に住む家族だ。休みの日に入れ墨を入れてくる作業員の若者、「飲む?セシウム茶」という際どいジョーク、岡さんが行くたびに「うにめし」を作って歓待してくれたり、検問をかいくぐって福島第一原発近くまで岡さんを連れて行ってくれる人々。膨大な現地での体験の中から選りすぐられた言葉とエピソードは通り一遍の報道では出てこない、福島の人々の生々しい生活を伝えている。

岡:東京の日常と福島のそれとはギャップが凄まじくて、違和感みたいなのを感じていたんですね。なんかこうひっかかるというか、気になってしょうがなくなりました。

 福島に通えば通うほど、そのギャップは埋まるどころか、3.11以前に戻ろうとする東京の現実と、いまだに原発の復旧工事が終わらない福島との現実との差は広がり、ついには岡さんの心を引き裂いてしまう。「言葉が瓦礫になってしまう」と、文章を書く手が止まった。

岡:うーん、失語症みたいになって、言葉が出てこなかった。インプットだけはひたすら続けていたんですが、なにを書いても嘘になってしまうのではないかと思い始めて。あまりにも凄まじいことが起きていて、それにちょうど当てはめる言葉を探し当てることができなくて、試行錯誤したんですが、言葉がでてこなかった。書けなくて苦しいときは、荒ぶってました。自分が書けないのに、福島に関する記事や写真がバンバン他の人たちが発表していくわけです。なんでこの人たちはこんなにサッと取材にいってパッと出せるんだろうというのを感じて……そういう妬みみたいなのと、私も書けるはずなのになんでだろうと苦しんでいました。

 身体も動けなくなって、精神を病んだ。ついた診断名は「双極性障害」。6ヶ月間引きこもりのように布団を被って自宅で寝込んでいた。その間の記憶は今も無い。3.11から1周年での出版を考えていた最初の編集者は諦めて去り、フリー編集者の元で東日本大震災から3年後、ようやく作品が完成した。

岡:書いて楽になりました。でも、もう福島は書けないかもしれないと思います。3年苦しんだので、自分にはこれ以上背負い込めるだろうかと不安で。これでいったん終わりにして、ちょっとしばらく離れたいです。

 これは福島の人々の物語であると同時に、福島に囚われたひとりの女性の物語でもある。3年かかったことに対するビジネス的な評価はあるだろう。だが、東日本大震災すら「コンテンツ」として消化してしまうメディアのなかで、読者はこの本のおかげで3年前の自分を思い出すことができる。ペンネームの「岡映里」は「おかえり」と読む。岡さん、おかえり。

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