これまでに釣った魚のなかで一番美味しい魚は、伊豆半島突端の下田沖に浮かぶ横根という磯で真夏に釣ったシマアジである。
シマアジはスズキ目アジ科に属する魚で、幼魚期は体側中央に幅広の黄色い縦縞があるため縞鰺。黒潮海域の離島に多く生息するので島鰺とも書くが、これは当て字。ソイ、コセ、カツオアジ、カイワリ、ヒラアジと呼ぶ地方もある。カイワリやヒラアジは別種の魚だが、体高があって側したアジ科の魚の混称になっている。実際、カイワリやナンヨウカイワリは姿形がよく似ているため、勘違いして大喜びする釣り人も少なくない。
カイワリはせいぜい40センチ程度だが、シマアジは伊豆諸島でオオカミと呼ぶ1メートルを超す超大物もいる。このサイズはイワシのぶつ切りを撒き、ワイヤーに結んだハリにもイワシを刺して磯際へ這わせる垂らし釣りで狙う。
頑強なイシダイ竿をもへし折るパワーは圧倒的だが、私が釣ったシマアジはオキアミエサのウキフカセ釣りの外道である。尾長やタカベを釣ったあと磯際にシマアジを見つけ、大急ぎでハリスだけを2ヒロから1ヒロに詰め、ガン玉を3段に打った仕掛けをコマセのど真ん中へ入れた。
この魚はコマセに突っ込んでエサを食べるからだ。また、口の突出部が薄膜状なので強引に引き合うとハリがすっぽ抜け、磯の際沿いに走るため、糸を出すと根ズレでハリスを切られる。じつに厄介な相手だ。
竿の弾力だけで強引にいなすこと約5分、やっと手にしたのは50センチ級の中型。大事に持ち帰って刺身にした切り身を醤油に浸すと虹色の脂がぱっと花びらを広げ、口のなかで透明感のある旨みが幾重にも広がった。脂の乗ったタカベの塩焼きや尾長の刺身に箸が伸びたのは大皿にシマアジの刺身がなくなってからだった。
文■高木道郎(たかぎ・みちろう):1953年生まれ。フリーライターとして、釣り雑誌や単行本などの出版に携わる。北海道から沖縄、海外へも釣行。主な著書に『防波堤釣り入門』(池田書店)、『磯釣りをはじめよう』(山海堂)、『高木道郎のウキフカセ釣り入門』(主婦と生活社)など多数。
※週刊ポスト2014年8月29日号