あの人の洞察力・観察力は凄いものがありました。台本に書かれたセリフは死んだ活字の羅列ですが、その行間を表現するには、それだけのクオリティがその役者自身に必要だと思うんです。森繁さんは、満州から引き揚げてきたりする中で奥歯を噛みしめて生きてきたから、深い洞察を身に付けて人間を冷静に見ることができるようになった。ユーモラスな表現ができるかどうかって、その人の生き様が左右しているように思います。
それから、『演技の一番の参考書は人間ウォッチングだ。我々は人間を正しく観察するしかない』とも言っていましたね。たしかにそう考えると、楽しいんです。参考書が目の前に山と積まれているわけですから。だから、私もとにかく観察します。
たとえば、寿司屋で寿司を食べている時、寿司に気が行って、実は作っている人間を見ていなかったりします。そこが普段の役者の心がけですね。役者は、仕事が来てから『二か月待ってください』と頼むわけにはいきません。この肉体一つを使って、即やらなければならない。そのためには、どんどん入れておかなければなりません。普段から人間観察を普通の人よりも心がけておくべきだと思います」
●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(文芸春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮新書)、『時代劇ベスト100』(光文社新書)ほか。責任編集をつとめた文藝別冊『五社英雄』(河出書房新社)も発売中。
※週刊ポスト2015年1月30日号