一般に利休の侘茶は褒めても、黄金の茶室を好んだ秀吉の趣味をよく言う人は少ないが、氏はその〈武士茶〉としての在り様に着目し、新たな解釈も加える。
「例えば黄金の茶室は折り畳み式で持ち運びができ、まさに陣中で士気を高める武士茶の発想。しかも昔の夜は真っ暗でその怖いほどの暗闇に浮かびあがる金の幻妖さを、本当の闇を知らない我々の尺度で悪趣味と決めつけていいはずもない。
2人の衝突の発端として有名な〈朝顔一輪事件〉にしても、垣根の朝顔を全部刈って一輪だけ茶室に活けた利休の〈一点への凝縮の美〉ばかりが賞賛される。だが、とかく神格化されがちな利休が女好きだったとか、裏千家様が言いたがらない側面も丸裸にしなければ、小説にはなりません」
さて史実の狭間に幾多の謎を追ってきた加藤作品も、本作で長編としては7作目。
「後は現代物を2つ書いて死にたいけどね(笑い)」
と微笑む84歳の作家の情熱と信念が何よりエキサイティングな歴史ミステリーである。
●加藤廣(かとう・ひろし):1930年6月東京生まれ。東京大学法学部卒。中小企業金融公庫から山一證券に転じ、同経済研究所顧問、埼玉大学講師等を歴任。その後は経営コンサルタントの傍らビジネス書を多数執筆し、2005年、構想15年の長編『信長の棺』で小説デビュー。『秀吉の枷』『明智左馬助の恋』と続く本能寺三部作はベストセラーとなり、外伝的短編集『安土城の幽霊』も人気。著書は他に『 手本忠臣蔵』『求天記―宮本武蔵正伝』『水軍遙かなり』等。158cm、44kg、O型
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2015年4月17日号