――『ニルヤの島』の時代では、死後の世界がないという認識が共有されています。実現可能だと思いますか?

柴田:ワシ個人があまり死後の世界を信じていません。作中のキャラクターたちに近い、人が死んでも悲しくない感覚を子供のころからたびたび体験してきました。

 祖父母が亡くなったとき、その瞬間は悲しかったのですが、時間が経っても生前一緒だった瞬間をよく覚えているし、ワシ自身がその瞬間を何回も思い出せるから寂しくなかった。でも、その寂しくないというのはワシ個人の感覚でしかなく、共感されにくい。これが未来だったら誰もが人の死をワシのような感覚でとらえるようになり、そうなると世界が変わるのではと思ったことが作品の発想のひとつです。

――作中では文化人類学者が葬列に遭遇するなど、何度か葬儀の場面が描かれます。

柴田:作中で直接には書いていませんが、この時代は葬式に対しても違和感があるという感覚をみんなが持っています。だから何度かある葬儀の場面には奇妙な感じが残ります。

――大学での研究内容も死後の世界と共感についての興味が影響していますか?

柴田:研究は俗信、信仰関連なので直接、死や死後の世界には近づいていないのですが、人が基本的に何を信仰するのかというのを調べています。修士論文では日本の媽祖(まそ)信仰がテーマです。媽祖とは中国の神様なのですが日本でも信仰されていた痕跡があるので、外来の神様がなぜ日本で根づいたのかという着眼ですすめています。

――とはいえ、実際には死後の世界を信じる力は強く、荒唐無稽なものに騙されてしまう人も後を絶たないような状態です。

柴田:やっぱりどうしても難しくて、そうなっちゃうんですよね。若ければ死について意識などしないでしょうが、もっと死が身近にある人たちの世界観は全然違う。信じなくてはいけないものになっていますね。何も信じずにいると、この世界から切り離されていってしまう人たちは確実にいて、その人たちにとって死後の世界は本当に必要なんだなと思います。

――今作のようなSFだけでなく歴史小説執筆に興味はありますか?

柴田:以前、千利休を主人公にした小説を一作だけ書きました。ただ、スタンダードな戦国ものに対しては衒いがあるというか、ワシが書いていいのかという思いがあります。自分で書いて納得できるか不安なんです。基本的に自分で読みたいものを書くのですが、戦国武将を描く作品はすでにたくさんあるから、それを読めばいいじゃないかと思ってしまう。次回作はアクションもので、もっとわかりやすいものになる予定です。

●柴田勝家(しばた かついえ)1987年10月3日東京都生まれ。本名は綿谷翔太。第2回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞し、受賞作『ニルヤの島』で作家デビュー。成城大学大学院文学研究科に在籍。修士論文のテーマは日本の媽祖(まそ)信仰。アイドルマスターの本家では星井美希、シンデレラガールズでは成宮由愛がお気に入り。東京都在住。5月4日開催の第二十回文学フリマ東京(東京流通センター)ではサークル「10L」で参加。

※写真提供:早川書房

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