ライフ

男性看護師 30歳超の志望者にとって極めて狭き門という現実

 より女性の仕事をイメージする「看護婦」という名称が、男女ともに使える「看護師」に変わったのは2002年からだ。看護職の男性進出が進んでいるが、見えない壁もある、とコラムニストのオバタカズユキ氏が指摘する。

 * * *
 こう感じるのは少数派かもしれないけれど、病院やクリニックで男性看護師が自分の担当になると少し楽な気持ちになる。もちろん看護師の仕事の良し悪しは性差より個人差が大きいのだが、病気で心身ともに弱った自分を理解してくれるのは同性のほうだろう、という感覚が私にはあるのだ。

 でもって、話題をさらにトリビアルな方向に進めれば、5月12日は「看護の日」である。日本看護協会のHPによれば、「看護の日」は〈21世紀の高齢社会を支えていくためには、看護の心、ケアの心、助け合いの心を、私たち一人一人が分かち合うことが必要です。こうした心を、老若男女を問わずだれもが育むきっかけとなるよう〉に旧厚生省が制定したものとのことだ。1990年の話である。

 なぜ5月12日かといえば、それは近代看護を築いたフローレンス・ナイチンゲールの誕生日であり、世界的にも「国際看護師の日」とされているからなのだが、日本での制定の背景には、市民・有識者による「看護の日の制定を願う会」という運動があったそうだ。「願う会」の趣意書を読んでみると、こんな2つの文章が目に留まる。

〈看護の心、ケアの心を、ひろく国民の、女も男も等しく分かち合い、特に21世紀の高齢化社会を担っていく子供たちにも、その心をはぐくんでいきたいというつよい願いから発するものです〉

〈看護の心が社会に根づけば、おのずから、看護婦の社会的地位も向上し、看護の場が魅力ある職場となりましょう。男女ともに、誇り高い職業としてナースをライフワークとする人々も増えるのではないでしょうか〉

 いずれの引用文中にも含まれているのは、〈老若男女を問わず〉〈女も男も等しく分かち合い〉〈男女ともに〉といったフレーズだ。そう、その意味を裏返すと、「看護の日」の制定当時のナースはまだまだ閉じた女たちの仕事なのだった。昔から精神科病棟では「看護人」と呼ばれる男たちが働いていたが、その他の領域で男性ナースは極めて稀な存在だった。この職業の名称が男女の別を問わない「看護師」に統一されたのも、2002年の保健師助産師看護師法の施行の時だ。21世紀に入ってからようやくそうなったのである。

 ただ、男性ナースの数は、男女雇用機会均等法施行の1986年頃から増えて続けていた。女の職場に男が少しずつ進出し、厚生労働省の最新データを見ると、2012年の男性看護師数は6万3321人で10年前の約2.4倍になっている。看護師全体101万5744人のうち6.2%を男性が占める。

 いまや看護師志望の男性も珍しくなくなった。特にリーマンショック以降は、年収400万円前後を堅実に稼ぎ続けられる希少な優良資格職として、異業種から看護職に転身を図る社会人男性が増えている。安定して稼げるから、という理由だけで通用するような甘い仕事ではないが、〈男女ともに〉という「看護の日」の理念に現実世界が近づき始めたともいえる。

 けれども、だ。そんな今日においても、男性が看護師になるのは簡単じゃない。医療現場からのニーズは拡大しているそうだが、もし社会人男性が看護師を目指すなら、想像以上にハードルは高いと覚悟したほうがいい。女の職場で働くことの様々な困難も当然待ち構えているが、それ以前の看護学校に入るところからしてひどく難しいのだ。

 具体的に見ていこう。看護師国家試験を受験するには、看護師養成課程のある大学(4年制)か専門学校(3年制)を卒業しなければならない(卒業見込みの者も含む)。卒業するにはお金がどれだけ必要か。

 学校によってピンキリなので、以下はあくまで目安である。もっともお金がかかるのは私立大学の看護学部看護学科を選んだケースだ。入学金と授業料などの学費だけで、卒業までに450万~700万円を払わなければならない。国立は全学部共通で250万円。公立もだいたいそんなものだ。私立と比べたらだいぶ安いが、そのぶん入試突破の難度は高い。さらに、これは専門学校もそうなのだが、看護師養成はすべて全日制だ。仕事を続けながらは無理だし、カリキュラムがタイトなのでバイトにあまり時間が割けない。4年間、お金が出ていく一方の生活を続けられる人でないと大学進学は難しい。

 そんなこともあって、社会人からの転身組には、3年制の専門学校を検討する人が多い。でも、こちらも私立は卒業までに200万~300万円はかかる。対して、国公立は安い。国立は150万円前後の学校が多く、県立や市立などの公立看護専門学校だと3年間の学費が100万円前後で済む学校もたくさんあり、中には50~60万円で卒業できる学校だって混じっている。私立大学と比べたら、なんと学費を10分の1に抑えることも不可能ではないのだ。だから、社会人組は公立専門学校に殺到する。結果、入試倍率10倍は当たり前という状況になっている。

関連記事

トピックス

グリーンの縞柄のワンピースをお召しになった紀子さま(7月3日撮影、時事通信フォト)
《佳子さまと同じブランドでは?》紀子さま、万博で着用された“縞柄ワンピ”に専門家は「ウエストの部分が…」別物だと指摘【軍地彩弓のファッションNEWS】
NEWSポストセブン
一般家庭の洗濯物を勝手に撮影しSNSにアップする事例が散見されている(画像はイメージです)
干してある下着を勝手に撮影するSNSアカウントに批判殺到…弁護士は「プライバシー権侵害となる可能性」と指摘
NEWSポストセブン
亡くなった米ポルノ女優カイリー・ペイジさん(インスタグラムより)
《米ネトフリ出演女優に薬物死報道》部屋にはフェンタニル、麻薬の器具、複数男性との行為写真…相次ぐ悲報に批判高まる〈地球上で最悪の物質〉〈毎日200人超の米国人が命を落とす〉
NEWSポストセブン
和久井学被告が抱えていた恐ろしいほどの“復讐心”
「プラトニックな関係ならいいよ」和久井被告(52)が告白したキャバクラ経営被害女性からの“返答” 月収20〜30万円、実家暮らしの被告人が「結婚を疑わなかった理由」【新宿タワマン殺人・公判】
NEWSポストセブン
民放ドラマ初主演の俳優・磯村勇斗
《ムッチ先輩から1年》磯村勇斗が32歳の今「民放ドラマ初主演」の理由 “特撮ヒーロー出身のイケメン俳優”から脱却も
NEWSポストセブン
松竹芸能所属時のよゐこ宣材写真(事務所HPより)
《「よゐこ」の現在》濱口優は独立後『ノンストップ!』レギュラー終了でYouTubeにシフト…事務所残留の有野晋哉は地上波で新番組スタート
NEWSポストセブン
山下市郎容疑者(41)はなぜ凶行に走ったのか。その背景には男の”暴力性”や”執着心”があった
「あいつは俺の推し。あんな女、ほかにはいない」山下市郎容疑者の被害者への“ガチ恋”が強烈な殺意に変わった背景〈キレ癖、暴力性、執着心〉【浜松市ガールズバー刺殺】
NEWSポストセブン
英国の大学に通う中国人の留学生が性的暴行の罪で有罪に
「意識が朦朧とした女性が『STOP(やめて)』と抵抗して…」陪審員が涙した“英国史上最悪のレイプ犯の証拠動画”の存在《中国人留学生被告に終身刑言い渡し》
NEWSポストセブン
早朝のJR埼京線で事件は起きた(イメージ、時事通信フォト)
《「歌舞伎町弁護士」に切実訴え》早朝のJR埼京線で「痴漢なんてやっていません」一貫して否認する依頼者…警察官が冷たく言い放った一言
NEWSポストセブン
橋本環奈と中川大志が結婚へ
《橋本環奈と中川大志が結婚へ》破局説流れるなかでのプロポーズに「涙のYES」 “3億円マンション”で育んだ居心地の良い暮らし
NEWSポストセブン
10年に及ぶ山口組分裂抗争は終結したが…(司忍組長。時事通信フォト)
【全国のヤクザが司忍組長に暑中見舞い】六代目山口組が進める「平和共存外交」の全貌 抗争終結宣言も駅には多数の警官が厳重警戒
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《前所属事務所代表も困惑》遠野なぎこの安否がわからない…「親族にも電話が繋がらない」「警察から連絡はない」遺体が発見された部屋は「近いうちに特殊清掃が入る予定」
NEWSポストセブン