【著者に訊け】辻村深月/『朝が来る』/文藝春秋/1620円
【ストーリー】
不妊治療、それは出口があるのかどうかもわからない長い長いトンネルだった。二人で生きていく、佐都子と清和がそう決めた矢先に、特別養子縁組のことを知る。そして男の子の赤ちゃんを「朝斗」と名付け、幸せな6年間を過ごしていた二人の前に「片倉ひかり」と名乗る若い女性が訪れる。「子どもを返してほしい」そう語る彼女の真意とは――。「難しいテーマでしたが、飛び込んでよかったと思っています。タイトルの意味がわかる最後まで読んでほしい」。
「一人でも多くの人に手にとってほしいという気持ちが強いんです」
と、新作への想いを語る辻村深月さん。「不妊治療」と「養子縁組」という難しいテーマに取り組んだ。晩婚化で不妊治療をする夫婦が増える一方で、望まない妊娠に悩む人もいる。両者をつなぐのが「特別養子縁組」だ。生まれた赤ちゃんは、子どもを望む夫婦に託され、その家族として育てられる。
辻村さんは最初、養子をもらったら周りに隠すものと思っていた。しかし、資料を読むうちに、子どもに真実を話し、近所の人、学校の先生にも知らせて、堂々と生活する家族がたくさんいることがわかってきた。
「自分の先入観がくつがえされました。このテーマで小説を書くなら、私が誰よりも先に書きたい、という気持ちになりました」
偏見におびえるのではなく、周りの人を信じて堂々と暮らす家族。しかし小説の世界は悪意や残酷さを描いたほうが、人間がよく書けていると評価されやすい。
「人を信じる話を書くと、偽善的とか、そんなに甘くないと言われてしまう。でも、現実は必ずしもそうではない。人の善意や優しさからくるものを、小説の中でいかに現実らしく書くかを心がけました」
ある朝、幸せに暮らす三人家族に不可解な電話がかかってくる。
「子どもを、返してほしいんです」
声の主はいったい誰なのか。それは不妊治療をするキャリア女性と、妊娠した中学生という二つの人生がふたたび交わった瞬間だった。
辻村さんは、不妊治療への葛藤、思春期の息苦しさなど、二人の気持ちに寄り添いながら、心の動きを細やかに描き、それぞれの人生を追っていく。とくに普通の中学生が転落していく道程は、自分が歩んだかもしれない闇を見るような思いがする。そして読むほどに、血のつながりとは、いい母親とは、という疑問がわいてくる。
「出産したから急に母親になれるわけではない。でも、社会からは、母親なんだから、と言われてしまう。ちゃんとしなきゃと苦しんでいるお母さんは多いと思います」
まして赤ちゃんを手放す親は身勝手と思われがちだ。妊娠に困惑し、大きくなったお腹をなでて離れたくないと思い、でも手放すしかない。
「全体では矛盾しているけど、一つ一つの感情に嘘はない。報道ではそこまでは伝え切れないと聞いて、小説なら伝えられるのでは、と思いました。ニュースを見ただけでは感情移入できない、立場の違う人の気持ちがわかるのも、小説の力です」
ラストシーンでは、タイトルの「朝」の意味がしみてくる。清々しい朝を迎えたような読後感だ。
(取材・文/仲宇佐ゆり)
※女性セブン2015年7月30日・8月6日号