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2015.09.15 07:00  SAPIO

GHQ 民主主義を賛美する親米的映画で日本人の歓心をかった

 戦後初期、軍部の抑圧から解放された表現者たちは、創作意欲を漲らせていた。しかし、GHQという新たな抑圧者が現れる。いかにして、検閲の目をかいくぐり、焦土と化した日本に新たな芸術の芽を育んだのか。巨匠・黒澤明の静かな戦いを思想史家・片山杜秀氏が追う。

 * * *
『七人の侍』。黒澤明監督の傑作だ。1954年の映画。
 
 題名通り、7人の侍が活躍する。野武士に襲われ放題の農村。村のわずかな蓄えをはたいて、7人の浪人者を雇う。日米安保体制の写し絵。そうとも言われる。自衛力の著しく不足する農村が、平和憲法下の日本。7人の侍は米軍。そう解釈できなくもない。
 
『七人の侍』は群像劇である。7人みんなが主役。とはいえ、ひときわ目立つ侍はいる。三船敏郎扮する菊千代だ。しかもどうやら彼は実は農民。武士を偽っているらしい。刀も満足に振り回せない。徒手空拳で豪快に暴れる方が得意。いかにもニセ侍である。
 
 そんな菊千代とは、まさに三船という役者を活かすべく作り出されたキャラクターだ。三船はそもそも殺陣の訓練のしみついている俳優でなかった。絵になる美しさで刀を振るのとは別のアクションの流儀を身に付けていた。
 
 三船敏郎は戦後日本映画界の大スター。1920年に中国大陸の青島で生まれ、大連で育った。大連中学を卒業してから陸軍の兵士を6年。戦後、偶然が重なって映画俳優に。デビューは1947年の『銀嶺の果て』。脚本は黒澤明。監督は谷口千吉。
 
 どんな作品か。山岳アクション映画である。3人のギャングが警察に追われて冬山に逃げ込む。まるでハリウッド風の現代活劇だ。戦後初期にはそういう映画が多かった。そこにはアメリカ占領軍の意向が働いていた。活劇を作りたいなら洋風に。日本の映画界はそう方向づけられていた。
 
 アメリカは戦後日本を可及的速やかに民主的で親米的な国に変えようとした。そのためには政治や経済や社会の制度をいじるだけでは足りない。肝腎なのは文化芸術。人間の価値観を作り上げるものだ。
 
 さて、当時の日本の国民的文化かつ娯楽といえば? 映画だ。民主主義を賛美する親米的な映画が量産されなければならない。逆の種類の映画は決して作らせない。軍国主義への郷愁をかきたてるものや反米的なものは一切禁止。企画案、脚本、撮り上がったフィルム。すべての段階に占領軍の検閲官の目が光った。

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