占領軍の総司令部がGHQ。その中に民間情報教育局というセクションがあった。民間はシヴィルでC。情報はインフォメーションでI。教育はエデュケーションでE。CIEと略される。映画の検閲はそこの担当だった。
CIEが目の敵にした日本の映画ジャンル。その大きなものに時代劇があった。特に『忠臣蔵』のような仇討ち物。主君のために命を捨てろという作品。御法度だった。
占領軍の理解では、武士道とは日本の軍国主義を支える軍人精神と直につながる。「天皇陛下万歳!」と叫んで死ねる。この「狂気」は武士道に由来する。
だから侍が忠義や道義や正義を説いて思いつめるような映画は原則不可。また、日本刀は、侍から日本帝国軍隊に受け継がれた美意識の象徴として嫌悪された。日本刀を美しく振り回すなんて、占領軍から見ると軍国主義そのものだった。
でも、戦後日本の映画から娯楽性の強い活劇を抹消するわけにはゆかない。占領軍が、日本の映画界に活劇を作らせず、日本人から娯楽を奪っているとなったら、反米感情が蔓延するだけだ。
それは困る。CIEは活劇なら時代劇でなく現代劇を作るようにと誘導した。チャンバラでなければよい。ピストルを撃ち合ったり殴り合ったりする活劇なら認めやすい。三船敏郎の戦後3年目のデビュー作が派手なギャング映画になったのも、そういう時代状況と関係するだろう。
※SAPIO2015年10月号