佐藤:私は知には2種類あると考えているんですよ。ひとつは工学などに代表される理屈で整理できる「目に見える知」。もうひとつは宗教や神学のような見えない世界を突き詰める「目に見えない知」。日本の大学は理屈に合わない「目に見えない知」を疎かにしてきた。
だから未知のものとの向き合い方がわからない人が多いんです。それは昔からそうでした。たとえば、ヴェネツィア共和国(現在の東北イタリア)の商人、マルコ・ポーロが残したアジア諸国の旅行記『東方見聞録』もそう。
橋爪:『東方見聞録』が?
佐藤:そうです。『東方見聞録』にはジパング島の記述が出てきます。金が大量に採掘される黄金の島だ、と。しかしマルコ・ポーロは日本には来なかった。一般的に日本人が知っているのはそこまで。ここで、疑問が出てくる。なぜ、商人であるマルコ・ポーロは黄金の国である日本に来なかったのか。
その答えはロシア人やイギリス人なら知っています。『東方見聞録』には日本では誘拐ビジネスが横行していて、しかも日本人は人食い人種だから、と書かれている。ちなみに、当時豊かな国力があったイスラム社会や中国に対して、日本に対するような露骨な偏見は少ない。
橋爪:そうだったのかあ。
佐藤:日本人はマルコ・ポーロを海外に日本を紹介した人だと礼賛している。
橋爪:国内向けに都合のよいエピソードだけをつまみ食いした、独自の編集が働いてしまったわけですね。
それはいまも変わっていません。インターネットを検索すれば、情報があらいざらい並んで出てきますが、そこから理解できるもの、読みたいものだけを選んで、あとはなかったことにする。
※週刊ポスト2015年10月9日号