ところで創作の過程には〈生みの苦しみ〉と〈死の苦しみ〉があるという。
「つまりこの難所さえ抜ければ、誰も見たことのない景色と出会えるという場合もあれば、どこまで行っても先が見えないというより、ない場合があるんですね。
執筆や実人生でも何度かその苦しみを味わってきた私には、頑張れば何とかなるなんて言えない。努力は時に能力以上のものを発揮させますが、先がない道を突き進むより、目先を変えて費用対効果を考えてみるなど、見極めも大切です」
それこそ状況を俯瞰する鳥の目と、地を這うような虫の目が創作にも不可欠で、貴志氏は知的ゲームとしてのエンタメを否定しない。
「登場人物が単なる記号と化した作品はもちろん論外ですが、とかくゲーム的という言葉が批判に使われる傾向には異議を唱えたい。
ミステリで殺人が描かれるのもそれが究極の〈対立〉だからで、相手を殺すほどの対立構造に私たちは物語の予感を嗅ぎ取り、現実にも対立や騙し合いと無縁な人間などいないからこそ、山田風太郎の『甲賀忍法帖』やフォーサイスの『ジャッカルの日』のような極上の虚構を、知的ゲームとして楽しむこともできるんです。
小説は本来、何を書いてもいいはずで、書かずにいられず読まずにいられない物語の可能性は、まだ無限にあると私は思います」
物語が無限なら面白さも無限。虚構の対立や恐怖に想像力を総動員して遊べるエンタメは、読み手の好奇心を刺激しつつ、生きる力を鍛える知的装置でもある。その多様さや懐の深さを、貴志氏は作者や読者としても、とことん愛するのだ。
【著者プロフィール】貴志祐介(きし・ゆうすけ):1959年大阪府生まれ。京都大学経済学部卒。生保勤務を経て、1996年に第3回日本ホラー小説大賞佳作『十三番目の人格ISORA』でデビュー、翌年『黒い家』で同大賞を受賞。『青の炎』『硝子のハンマー』(日本推理作家協会賞)『新世界より』(日本SF大賞)『悪の教典』(山田風太郎賞)『ダークゾーン』(将棋ペンクラブ大賞特別賞)等、ベストセラーや映像化も多数。現在日本ホラー小説大賞と新潮ミステリー大賞選考委員。172cm、85kg、AB型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2015年10月9日号