「お客さんのなかには私どころではない、壮絶な体験をした人がいっぱいいることを知りました。そのことで私も、これしきのことで負けてはいられないと思って、一からやり直していけるという気持ちになれたんです」
ユキコさんのもとを訪れた30代後半の客は震災時に仙台に出張中で、両親と妻、娘二人、義理の両親を乗せたワゴン車が津波に流された。後日、車が見つかったとの連絡があり、現地へ行ってみると、車のなかに遺体が残されたままの状態を目の当たりにしたという。遺体搬送の人手がまったく足りていなかったのだ。
「いやーっ、独身になっちゃったんだよね」と最初は明るく振る舞っていた男性客は、「従業員にはそういうこと言えないじゃん。一応、肩書きは社長だから」と打ち明けた。その時をユキコさんが振り返る。
「やっぱり、そういうときは一緒に泣いちゃうんですね」
別の男性はユキコさんに対し、「俺のタイプだ」「震災で亡くなった俺の女房に似てんだよ」と話し、「あんたと一緒にいると、女房が帰ってきた気になる」と語りかけた。その言葉をユキコさんは嬉しく感じた。大震災で激しく傷ついた風俗嬢と客は、肌と肌を合わせながら、お互いの心を支えあっていた。
今も風俗嬢として働くユキコさんのもとには、「五年越しに来たよ」という客も訪れる。「新しい家を建てることが決まった」と報告しにくる客もいる。
「私はまだ幸せなほうかなって。で、こういう仕事もさせてもらってって言ったらおかしいけど、この仕事のおかげで、いろんな人との出会いがあって、自分の糧になるものもあったから……」
とユキコさんは語った。小野氏がいう。
「他人どうしが肌を合わせる風俗嬢と客との関係は『究極の第三者』なんです。だからこそ身近な人には語れない本音を吐露する場になったのだと思います」
3月11日が近づけば、テレビや新聞は被災地の特集を組むだろう。だが、取り上げられることのない風俗嬢たちの話の中にこそ、被災地の人々が必死に生きる姿があった。
■取材協力/小野一光(ノンフィクションライター)
※週刊ポスト2016年3月11日号