最後に挙げた「言葉で攻撃して怒らせる」テクニックの達人が“吸血鬼”フレッド・ブラッシーである。
「はっきり言って、ここにいる女たちは豚以外の何物でもないな」
「お前ら変態野郎は本当に頭が悪いな。もし、知性の欠片(かけら)が少しでもあれば、そんな女と結婚なんてしないだろう」
「リング上で俺の邪魔をするヤツは誰でもこの歯でみ殺してやる。それがたとえ、俺のお袋でもな」
じつはモハメッド・アリはブラッシーの大ファンだった。強いからではなく、相手と観客を罵る痛快なトークに魅了されたのだ。
有名なアリのビッグマウス(大口叩き)は、ブラッシーから直接学んだものだった。王者ソニー・リストンに挑戦したときのアリの言葉はその典型だろう。
「もしもソニー・リストンが俺を叩きのめしたら、俺はリングの上でヤツの足にキスをして、這いずったままリングを下り、ヤツに『あなたは最高です』と言い、ジェット機でこの国を出ていくぜ。俺は最高だ。どこへ行っても満員の観客を引き寄せることができる。俺がいなけりゃこの試合は売れっこない」
●やなぎさわ・たけし 1960年東京生まれ。文藝春秋に入社し、『週刊文春』『Number』編集部などを経てフリーに。主な著書に『1976年のアントニオ猪木』『1964年のジャイアント馬場』など。近著に『1974年のサマークリスマス』がある。
※週刊ポスト2016年6月24日号