通常の定食屋であれば、よほどの繁盛店でもランチ2~3回転というのが普通だろう。しかし、平均で5回転、最高では7回転を記録した食堂が東京・千代田区にあるのはご存じだろうか? しかも基本ワンオペ、つまり働いているのは店主ひとりだけだ。
そのお店の名は「未来食堂」。クックパッドを辞めて起業した女性店主、小林せかいさんが昨年開店した、カウンターのみ12席の小さな食堂だ。東工大数学科卒のエンジニアだった小林さんがIT業界で培った経験を生かし、徹底した効率化を追求して実現したのが、この数字である。「十年修業してナンボ」という、飲食業界の保守的な体質とは対極にある、システマティックな設計の成果だ。
だが、小林さんは、決して効率化だけを目指していたわけではない。効率化はあくまでもビジネスとして当然のプロセス。彼女がお店を開こうと思った最大の理由は「ひとりひとりにとって、ふつうの食事を提供したい」という想いだった。
ただし、一言で「ふつう」といっても、それは人によって様々。たとえば玉子焼きの好みも、甘いのが好きだったり、柔らかいのが好きだったり、人それぞれ違う。そこで「未来食堂」で導入しているのが、ランチピーク時以外には、食材から調理方法まで好みに応じて指定できる「あつらえ」というシステム。一部の高級店でのみ可能な「大将、今日なんかいいのある?」的な仕組みを定食屋レベルで実現しているのだ。
「あつらえ」のほかにも「未来食堂」には、ユニークなシステムであふれている。まずは、店の仕事を50分手伝えば1食無料になる「まかない」。そして、その「まかない」で得た無料の権利を不特定の他人に譲れる「ただめし」、さらには飲食店としては常識外れの「さしいれ」(=ほかの客とシェアすれば飲食持ち込み可)……といった、「たかが小さな定食屋」には収まらない、今までになかったビジネスの形がここにある。
もちろん、バリバリの理系エンジニアだった小林さんが、会社を辞めていきなり食堂を開けたわけではない。起業を決めてから約1年半は、それこそ頑迷な老舗の料理屋から効率化の極致であるファミリーレストランまで、さまざまな業態の飲食店で料理と店舗運営を学びつつ、上記のような新しいコンセプトを練り上げる日々が続いた。小林さんの新刊『未来食堂ができるまで』(小学館)には、そんな彼女の修業と開店準備に明け暮れる日々が、時には熱く、時にはクールに描かれている。そうした小林さんの食に賭ける想いが、現在の「未来食堂」につながっているのである。