1枚の和紙との出会いが人生を変えた。25歳の時だった。働いていたオランダの製本会社。装丁用のサンプル紙の中から偶然、長い繊維が入った和紙を見つけ、心を奪われた。「見たことのない美しさ、自然の材料で表現された和紙の世界に驚きました」と、ロギール・アウテンボーガルトさん(61)が振り返る。
手漉き和紙の文化と伝統に惹かれたロギールさんは1980年に来日。全国各地の手漉き和紙工房を視察した後、高知県で修業に入った。
「高知は和紙の原料の一大産地であり、1000年以上の歴史を誇る土佐和紙の文化が息づいていたからです。良質の和紙を生み出すのに必要な清流や気候も魅力でした」
現在の工房は、四万十川源流域の梼原町にある。標高約600メートルに位置し、手漉き和紙を作るのに適した冬場が長い。紙漉きのシーズンは、寒くなる11月ごろから始まる。厳冬に漉く和紙は1000年もつという。
「山畑で原料の楮(こうぞ)、三椏(みつまた)などを無農薬・無肥料で自家栽培し、江戸時代の和紙作りを守り続けています。この辺りはかつて、原料栽培が盛んなところでした。地域の文化や経済の基盤だった原料栽培の復活を目指し、促進活動に地域の人々と取り組んでいます。小学校で和紙作りの指導もしていて、小学生たちは卒業証書も自分で作るんですよ」
ロギールさんの和紙は、建築家の隈研吾氏や内藤廣氏が設計した建築物の壁紙などにも採用されている。近年、和紙作りを学びに世界各地から工房を訪れる外国人も増えており、時代や国境を超えて人々を魅了する和紙の可能性に確かな手ごたえを感じている。
■撮影/藤岡雅樹
※週刊ポスト2016年10月7日号