スバルも一時、テストの手間を省いた経験を持つ。旧型「レガシィ」のなかでもとくに走りを重視したグレード「RS」もそのひとつだ。
現在は一線を退き、常勤監査役を務めている馬渕晃氏が役員時代、ちょっと時間が空いたということでスバルが所有するレガシィRSをドライブしてみたことがある。果たしてRSのオートマチック車は問題がなかったものの、マニュアル車の乗り味が気に入らない。
そこで担当に「これはどっちもちゃんとテストをやったのか」と聞くと、時間が足りず、AT車のセッティングをベースにしましたとの答え。一発で手抜きを見抜いた真淵氏は「どっちもちゃんとやらなきゃダメじゃないか」とどやしたという。その思い出話を前出のシャシーエンジニアにすると、
「今回のインプレッサが完成したとき、馬渕さんから『よくぞこれだけのものを作ったな』と言われたんですよ」
と、内幕を明かした。
何やら、その出来に期待が持てそうな新型インプレッサだが、面白かったのは「愛で作るクルマがある」というPRメッセージ。
もともとスバルは、古くから動的質感(クルマが走る時に乗る人にどう感じられるか)の作り込みについては定評のあるメーカーだったが、かつてはマイナーブランドゆえ、そのことはスバリストと呼ばれるファン以外にはほとんど知られることがなかった。
そのスバルのクルマづくりに多くの人が触れるトリガーとなったのは、先進安全支援システム「アイサイト」である。優れた事故防止性能を持ち、スウェーデンのボルボと並んで世界の自動車業界に先進安全ブームを巻き起こし、アイサイトが欲しくてスバル車を買うという顧客が続出した。
そういう客層は、スバル車の特質を知っていたわけではなかったが、その一部は購入後、スバルの特質はアイサイトだけでなく、クルマそのものにもあるということに気づく。
自動車ビジネスで最も難しいのは、仮にモノが良くても、それが顧客に知られなければ何の力にもならないということ。アイサイトはその困難な壁を突破するための、格好の宣伝材料にもなったのだ。
もちろん今回のインプレッサでも、スバルは最高の安全をうたっている。不幸にして歩行者と衝突したときに、その衝撃を最大限弱めるため、全車にボンネット上に展開する歩行者エアバッグをつけたほどだ。
が、スバルはその安全、またもうひとつの自慢ポイントである走りを第一の看板にせず、ちょっと気恥ずかしい“愛”をメインテーマに据えた。自分をアピールするとき、つい自分の一番得意なこと、自信のあることをPRしてしまうのは人間の性というものだが、実はそれはPRとしては下手なやりかただ。
たとえば燃費性能トップのトヨタ「プリウス」が燃費自慢をしても、インパクトは薄いだろう。ふーんすごいね、と思われる程度である。
本当にすごいことはわざわざ自分で自慢せずとも、皆が見ている。だから、自分を表現する時は得意なことではなく、本当に言いたい事を言うのが効果的なのだ。あの口下手なスバルがいつの間にこんな巧みなコミュニケーションをするようになったのかと驚いた次第だった。