長谷川町子の『サザエさん うちあけ話』(姉妹社、1979年)は朝日新聞に連載されて人気を博した。そこに麻酔薬の起源として「土人が狩のふき矢に使う毒」とある。これで朝日新聞社を取り囲む30万人(主催者発表)の抗議デモが起きたりはしていない。今年三月に朝日新聞出版から復刊された版では「底本どおりに掲載」という注が付いている。
土人とは土着の人、土地の人の意味であるから、日本人同士でも使われる。江戸後期の方言辞典『物類称呼』(岩波文庫)にも「尾張の土人」の方言が出てくる。徳川御三家の一つ尾張の人でも土人で何の不思議もない。
「土着」という言葉を知らない無知な輩が「土に汚れた人」の意味だと「差別認定」して騒いでいるのだ。ネット右翼の「在日認定」と同類の愚行である。
私の努力の成果か、さすがにジャーナリズムは「土人」の積極面をためらいながら認め出した。少し古いが、2008年6月4日付朝日新聞社説は「この差別的な呼び方そのものが、先住の事実を認めたに等しい」としている。差別が先住の根拠だとは矛盾も甚しいが、ためらいは感じられる。今回の事件の報道でも、21日のNHKニュースでは「土着の人を意味する土人と発言」と、ためらいがちに報じた。
ともにジャーナリズムの最低限の良識の現れか。
●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会前会長。著書に『バカにつける薬』『つぎはぎ仏教入門』など多数。
※週刊ポスト2016年11月18日号