◆人って頭の中ではいろいろ考えてる
従業員と今一つなじめていない外部から来た社員のために〈好感度アップ大作戦〉を敢行したのも春男なら、〈内引き〉の犯人を突き止めながら、本人の事情を考え過ぎて通報できずにいるのも春男だった。だがそうした彼の頑張りは、1日11本の発泡酒を空ける間、家族には話せても、職場では誰ひとり、知らない。
長女小梅が婚約者でダンサーだという〈梅垣聡〉、通称ガッキーを連れてきた時に、18万円もした自慢のソファーの座り心地を褒めてほしかった気持ちや、〈人から財布をもらうと金持ちになれるって聞いたことあるかい?〉と言って財布を譲りたかった気持ち。虎の子のヘネシーを開け、恐縮する彼に〈ヘネシーは人を選ばないよ〉と余裕をかましたかった気持ちも、全て春男の頭の中でのこと。実際のガッキーはソファーに背を預けて床に座り、財布を譲るまでもない年収5000万円。酒より水を好む、完璧な青年だった。
「娘の彼氏に動揺するお父さんあるあるね。初めて会う時の会話を延々シミュレーションしてたのに、あ、君はコタツの時みたいに下に座る派なのね、ヘネシーより水なのね、みたいな。要は取り越し苦労ですね。
でも表に出すかどうかは別として、人って頭の中ではいろんなことを考えてるはずなんですよ。不器用でみんなに煙たがられているお父さんが、実は一生懸命考えてたりね。うん。僕は絶対、考えてると思うなあ。
ただそこまで考えたことが全て杞憂に終わる、悲哀と滑稽の表裏一体な感じを、特に今回は意識した。この春男は家族や同僚ともうまくいってる方だけど、それでも宙に浮いちゃう気持ちはあるから。そこが可笑しくもあり、悲しくもあり、クスクスとかンフンフとか、何となくニンマリしちゃう笑いが、僕の基本なんで」