その報われない気持ちや、脳内で高速回転する筋書を、あるある芸の元祖は丁寧にすくい取る。どこにでもいそうでどこにもいない春男の個性にしても、普遍性と独自性の塩梅が絶妙だ。
「あるある芸って突飛すぎても、ベタすぎてもダメだし、意外に難しいんですよ。人はそれぞれ育った環境も感じ方も、全部違うから。
ほら、氷砕船ってあるでしょ。流氷をガリガリ砕きながら進む、あんな感じです。ある程度まで書いて進まなくなったら一度バックして、エンジンを止めて、またガリガリ進む、その繰り返しで、僕自身が春男の内に入るように見えて、実は結構第三者的に引いて見てた。だからこの物悲しい感じが書けたと思うんです。
僕は作家さんじゃないし、自分が通って来た道や経験したことしか書けないけど、たぶん春男みたいな人間に愛着があるんですね。だから報われなくても頑張ってる人がいることをわかってほしい。
逆に大雑把な人って面白いと思えないのよ。人間関係ってもっと細やかで面倒臭いものだと思うし、僕なんてひとりで酒呑んで、野球を見て過ごせたら、それが一番だもんね(笑い)。だったら作家になればいいのかって思ったりするけど、絶対無理。ホンモノの作家さんは、やっぱり偉大です」
とはいえ氏の場合、その芸風からして小説的でもあり、本書に同居する優しさと毒、笑いと悲哀は、確かに誰の日常にも、ある。
【プロフィール】つぶやき・しろう/1971年栃木県生まれ。愛知学院大学文学部心理学科卒。ちなみに中日ファン。1994年、ホリプロお笑いライブで初舞台。「あるあるネタ」で頭角を現わし、声優やナレーションでも活躍。Twitterでもほぼ毎日あるあるネタをつぶやく。2011年に初小説『イカと醤油』を発表、本作は第2作。「スーパーで働いたことはないけど、実家は八百屋だし、ロケや営業に行くと店の裏側とか品出しとか、なんだかんだ、見てるんです」。
■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光
※週刊ポスト2016年11月25日号