沖縄の米軍施設反対運動警備の機動隊員が「土人」「支那人」という言葉を使ったことが今なお問題になっている。11月2日付朝日新聞夕刊では、作家の池澤夏樹がこんなことを書いている。
「シナはChinaと同源だが、しかしかつて日本人は蔑視の文脈でこの言葉を使った。だから今も中国の人はこの語を嫌う」
バカなことを言ってはいけない。イギリスやポルトガルでChinaが蔑視の文脈で使われなかったか。R・ノックス(イギリス人作家)の『探偵小説十戒』の第五戒は「支那人を登場させてはいけない」である。なぜならば、支那人は魔術を使う妖しい奴だから、科学的な探偵小説には向かない、というのだ。イギリスでもポルトガルでもChinaは一貫して蔑視の文脈で使われ、支那侵略はほんの二十年前まで一世紀半も続いたのだ。
支那はこうした蔑視に一度として抗議したことはない。その一方で、日本にのみ「支那」使用を禁ずる。理由は、欧米崇拝と日本を含むアジア蔑視だ。最も恥ずべき差別意識がここにある。
そして、日本人の卑屈さ。世界中で差別者が被差別者に謝罪した例は、残念ながら多くない。しかし、差別されている方が差別している方に謝罪している例は、日本以外に一つもない。「差別されてごめんなさい」という異常な言語空間が形成されている。
江藤淳の『閉された言語空間』は副題の「占領軍の検閲と戦後日本」を検証している。だが、同じく連合軍占領下で禁止された「支那」への言及はない。江藤の目もまた曇らされていたのか。
●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会前会長。著書に『バカにつける薬』『つぎはぎ仏教入門』など多数。
※週刊ポスト2016年12月2日号