もしやと思ってトイレの扉を開けると、由美さんが壁に前のめりに倒れていた。すでに体は冷たくなり硬直していた。なんとかトイレの外に出し、心臓マッサージを繰り返したが、由美さんが息を吹き返すことはなかった。
◆医師が行った中絶手術は業務上堕胎罪に相当
「病歴もなく健康だった妻がなぜ突然、死んだのか」──田中さんは失意のなか、さまざまな手段で妻の死の手がかりを探し求めた。疑問はどんどん大きくなった。そして、浮かび上がったのが、水口病院で受けた医療の信じられない実態だった。田中さんが水口病院にカルテ請求などをして確認したところ、由美さんを執刀したA医師は母体保護法の指定医ではないことがわかったのだ。
1996年に施行された母体保護法は、人工中絶手術ができるのは、都道府県の医師会が指定した医師(指定医)のみと定めている。つまり、たとえ産婦人科医であっても指定医でないと、人工中絶手術はできない。それはなぜなのか。
「刑法は原則として堕胎を禁じています。中絶手術は妊娠の継続や分娩が、身体的あるいは経済的理由で母体の健康に危険がある場合など限られた要件のみで認められており、そうした趣旨を充分理解する指定医が手術を行うことが望ましい。人工中絶手術は、一定の技能や知識を持ち、研修を受けた医師でないとリスクがあるということも一因です」(厚生労働省母子保健課)
田中さんの代理人を務める中川素充弁護士は12月6日の記者会見でこう述べた。
「指定医でない医師が人工妊娠中絶を行うことは、法が禁止する堕胎行為であり、法律上許されません。A医師が行った中絶手術は、業務上堕胎罪に相当します」
田中さんの追及に水口病院は、由美さんの手術は指定医であるB医師が行う予定だったが、当日に体調不良となったため、急遽A医師が手術を行ったと釈明した。中川弁護士はこう反論する。
「診療記録にはB医師が由美さんを診察したという記載はありませんでした。しかも人工中絶手術は緊急性がなく、B医師が体調不良ならば別の日に延期すればいい。病院の説明は弁解になっていません」