ライフ

【書評】「暮しの手帖」以前、戦時下で何を考えていたか

【書評】『花森安治の従軍手帖』/花森安治・著 土井藍生・編/幻戯書房/2500円+税

【評者】池内紀(ドイツ文学者・エッセイスト)

『暮しの手帖』を足場にして花森安治は大きな仕事をした。毎日の暮らしを基本に据え戦後民主主義を、もっとも明確また具体的に示してくれた。

 その花森安治には、やや風変わりな前歴があった。一九三八年、召集を受け満州の戦地へ送られた。その地で肺を患い現役免除。送還され回復後、大政翼賛会宣伝部に勤めた。四三年、再び臨時召集。ひと月しないうちに除隊となり大政翼賛会復帰、敗戦による解散まで文化動員部副部長として活動した。これについて戦後、当人はほとんど語ることがなかった。

 沈黙時代の五冊の手帖が残されていた。このたびそれが翻刻され、戦中の書簡、エッセイとともに、いかにもこの人にふさわしい美しい造本でおめみえした。

 順に従軍手帖(一九三九年)、(一般の)手帖(一九四二年)、従軍手帖(一九四三年)、手帖(一九四四年)、手帖(一九四五年)であって、持ち主には二十代終わりから三十代半ばにあたる。

 一冊目、病んでのちに厳寒の戦地のシーンが甦ったのか。「準(ねら)ふ敵ふと視線會(あ)ひたり/引鉄ひく、すなわち倒れぬ」。内地送還のメモ。「かくて/われ生きてありけり/はつ秋に/胸ひろびろと おほ穹(ぞら) 流る」。

 大政翼賛会宣伝部に入ってのちの手帖は、雑多なスケジュールで埋まっていく。再度の従軍手帖には、要所に歌があらわれた。「大いなる いくさに生くる 妻なれば 笑ひ努めて 吾を送りけり」。

 四五年手帖には仕事の下書きらしいものがしるされていく。「……鬼畜の旗をふりかざし/驕れる敵は迫るかな」「いざ大君のおんために/死すべき秋はいまなるぞ/君は田畑をまもりぬけ/秋は工場に火と散らむ」。

 編集長・花森、社長・大橋鎭子のコンビで衣裳研究所(暮しの手帖社前身)を設立したのは、翌年三月である。七五調と日本語の美学にとらわれていた人が一面の焼け野原と激変した状況のなかで、何を、どのように考えたのか、謎めいた遺品は謎のままにとどめて何も語らない。

※週刊ポスト2017年1月13・20日号

関連記事

トピックス

STAP細胞騒動から10年
【全文公開】STAP細胞騒動の小保方晴子さん、昨年ひそかに結婚していた お相手は同い年の「最大の理解者」
女性セブン
水原一平容疑者は現在どこにいるのだろうか(時事通信フォト)
大谷翔平に“口裏合わせ”懇願で水原一平容疑者への同情論は消滅 それでもくすぶるネットの「大谷批判」の根拠
NEWSポストセブン
大久保佳代子 都内一等地に1億5000万円近くのマンション購入、同居相手は誰か 本人は「50才になってからモテてる」と実感
大久保佳代子 都内一等地に1億5000万円近くのマンション購入、同居相手は誰か 本人は「50才になってからモテてる」と実感
女性セブン
宗田理先生
《『ぼくらの七日間戦争』宗田理さん95歳死去》10日前、最期のインタビューで語っていたこと「戦争反対」の信念
NEWSポストセブン
焼損遺体遺棄を受けて、栃木県警の捜査一課が捜査を進めている
「両手には結束バンド、顔には粘着テープが……」「電波も届かない山奥」栃木県・全身焼損死体遺棄 第一発見者は「マネキンのようなものが燃えている」
NEWSポストセブン
ドジャース・大谷翔平選手、元通訳の水原一平容疑者
《真美子さんを守る》水原一平氏の“最後の悪あがき”を拒否した大谷翔平 直前に見せていた「ホテルでの覚悟溢れる行動」
NEWSポストセブン
ムキムキボディを披露した藤澤五月(Xより)
《ムキムキ筋肉美に思わぬ誤算》グラビア依頼殺到のロコ・ソラーレ藤澤五月選手「すべてお断り」の決断背景
NEWSポストセブン
(写真/時事通信フォト)
大谷翔平はプライベートな通信記録まで捜査当局に調べられたか 水原一平容疑者の“あまりにも罪深い”裏切り行為
NEWSポストセブン
逮捕された十枝内容疑者
《青森県七戸町で死体遺棄》愛車は「赤いチェイサー」逮捕の運送会社代表、親戚で愛人関係にある女性らと元従業員を……近隣住民が感じた「殺意」
NEWSポストセブン
大谷翔平を待ち受ける試練(Getty Images)
【全文公開】大谷翔平、ハワイで計画する25億円リゾート別荘は“規格外” 不動産売買を目的とした会社「デコピン社」の役員欄には真美子さんの名前なし
女性セブン
眞子さんと小室氏の今後は(写真は3月、22時を回る頃の2人)
小室圭さん・眞子さん夫妻、新居は“1LDK・40平米”の慎ましさ かつて暮らした秋篠宮邸との激しいギャップ「周囲に相談して決めたとは思えない」の声
女性セブン
いなば食品の社長(時事通信フォト)
いなば食品の入社辞退者が明かした「お詫びの品」はツナ缶 会社は「ボロ家ハラスメント」報道に反論 “給料3万減った”は「事実誤認」 
NEWSポストセブン