行き過ぎた延命治療を行なわない「平穏死」を提唱してきた特別養護老人ホーム「芦花ホーム」の医師・石飛幸三氏(80)は、自ら集大成と呼ぶ『平穏死という生きかた』を昨年9月に出版し話題を呼んだが、自らの今後についてどう考えているのか。
* * *
入所者と歳が違わないからね。デイホームに見舞いに来たご家族は、俺を入所者仲間とよく間違えるよ(苦笑)。でも別に悪い気はしない。ここに来て本当に良かったと思ってる。
半世紀もの間、外科医として「治さなければいけない」「治すことが医者の使命だ」と疑いもせずにやってきた。だけどここに来たおかげで、治せないものがあるんだと気付けた。
かつて自分は父親に「延命治療はするな」と言われたにもかかわらず、気管切開して、延命治療してしまった。父親を裏切ってね。いざとなると、人間にはそういう面もあるでしょ。
でもそのあと、多くの患者さんが無駄な延命治療をせずに安らかに逝くのを見て、やっぱり「平穏死」が一番人間らしい死に方だって思ったんだ。親父には申し訳ないけど、俺自身は家族に「延命治療はしないでくれ」って伝えてある。
講演は今でも年に100回くらいのペースでやっているけど、段々きつくなってきた。でも、平穏死というものを多くの人に知ってもらいたい一心でやっている。親父への罪滅ぼしもあるけど、このライフワークが今のボロボロの心と体を支えている気がするんだ。
この歳になると1年なんてあっという間に過ぎるからね。あっちが痛いわ、こっちが痛いわ。だんだん肉体が朽ちていくことを、まざまざと自分の身をもって知らされてるよ。
いつまで働けるかは施設側が決めることだけど、自分では足が立たなくなって、手がよく動かなくなっても、目で見て、口で伝えれば良いと思ってる。施設では、とにかく大きな声で挨拶する。こっちも耳が遠いから「おはよう! おはよう!」って派手にやるよ。ボケたおばあちゃんは、外は雨が降ってるのに「先生、いい天気だわね」って愛想良く返事してくるけど、いいじゃないの、楽しくて。
自分の死に関しても、「時間だけ延ばすようなことはしないでくれ」と周囲にははっきりいってある。俺たちは生き物だから、最期は食べなくなっていく。俺も余計な燃料を注ぎ込まずに、平穏に逝きたいね。理想の死に場所はやっぱり自分の城(自宅)。でもそれは、カミさんが許してくれたらだけど(笑い)。
※週刊ポスト2017年1月27日号